×××サイド 加害

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×××サイド 加害

 AM 1:07 3/8(水)  ――コンコン、お隣の渡部だけんども? こんな夜中にすまんねえ。 (………)  ――いやでもしかし、すっごい音だったない? 甲斐さんげは無事だったかい。バラバラ石げさ落ちとってきおったけんど? (誰、だ……?)  ――いやさね、おせっかいかもしれんけんど、返事さだけでもしてもらえっとおらも安心なんだけんども……おやなんだべ、尚人君おったんでねえか? (誰だっけ、ああ確か隣に住んでるとかいう〝人〟か。邪魔すんなよな?) 「尚人君はケガさなかったかい? ところで母(はは)さん、甲斐さんはどうしたい……んあ、それさ足元さ倒れてんの甲斐さんでねえかい!? 何してんだべ尚人君、早く119掛けな……!」  ◆◆ (ああもう、患いな。そうかそうだよな、関節肢と違って〝人間〟の関節は千切ればオーケーって訳じゃあねえよな。……するにしても準備が入用、だけどもさっきっからそこの〝人〟がうるさい……)  ――ん、遠くからサイレンの音が聞こえる。いやそこら中で鳴ってる? それもま、こんな事態に見舞われちゃ当然の反応か。けどもよ、かってに駆けつけてきて今度は俺の許可なく救急車呼びに行くとかさあ? 「もう少し、いいんやできれば長いこと、なるだけ時間かけて観ていたかったんだけどよ」  119(余計なお世話)をし終わるや、出戻りずけずけと俺の家(テリトリー)となった領域に入り込んでくるその〝人〟の足音に知らずいら立ちが募っていく。  無意識に、力のこもる足で床板をギシギシさせつつ頭皮事髪をむしり取る俺のすぐ傍で、上がり込んできたその〝人〟がしゃがみこみ〝人〟だった物の様子を伺う。  肩をたたいても、今更気道を確保しても無意味なのにその〝人〟はそれを繰り返すと俺の方を仰ぎ見てくる。  しきりに何か言ってるみたいだけどよ、  ずっと黙ったままの俺を見上げるその〝人の目〟には初めのうちこそ心配の色が浮かんでいた。  けども、表情が抜け落ちた俺の顔を見るにつれその目にはだんだん困惑と、得体のしれないものを前にしたような恐れが見て取れるようになる。  この〝人〟もそう、そしてあの時もそうだった。  おぼろげな記憶の中鮮明に残るのは、深夜玄関ポーチの蛍光灯に群がる蛾とドアを隔てリビングの方から割れ響く食器皿の音。  それに加え忘れられないのは、金切り声と共に「母だった物」に灰皿を投げつけられできた頬の傷から滴る血の感触と、やけにクリアだった視界に映る蛍光灯下の「甲斐」ではない名字が書かれた表札。  そしてこそこそと、ヒステリーを起こす母から逃げるように裏口から表に回り込んできたその、俺と姓の違う〝男の人〟は立ち尽くす俺を不気味そうに一度だけ見やり何も言わずどこかへ去っていく。  そんな、幼心に焼き付いた映像が脳裏を過ぎ去る俺の耳に、だんだんとサイレンの音が近づいてきた。  ◆◆◆ 「こんにちは。えっとね、私精神科医の××と言います。このたびはご愁傷様、お悔やみ申し上げます」  白い箱庭/病室の一室でぼーっとする俺に、問診してくるその〝女の人〟へ俺は「……はあ、別に気にしてないんで」とそっけない返事を返す。 「あらそう? それじゃあね、あなた……甲斐尚人くん。さっそくなんだけどね、あなたの特異な状態についてお話させてもらおうかな?」
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