5人が本棚に入れています
本棚に追加
発散-1.単純だったっていうか純粋だったっていうか、あの頃はただの「投棄物」でもはしゃげてしまっていた思い出
ついつい草むしりに夢中になっていた俺は、気づいた時には石ころと石ころの間からひょっこり顔を出しているような雑草までくまなく抜き取っていた。
もちろん、じいさんから頼まれた塀下の影となっている地面からぼうぼうと生えまくった物に関しては根っこ事抜き済だ。
それを示すように、渡されたバケツの中はこんもりと草野山でいっぱいになっていた。
「おうおうこなげなとこまでやってくれたんだべか。ありがとない!」
体の不調もどこへやら、俺が小一時間ほど作業に集中していると蔵の片づけが終わったのか、縁側のところまで戻ってきたじいさんが感心したように言う。
それまでうんうんと己の成果を満足げに眺めまわしていた俺は、声が掛かったことでやっとこじいさんの存在に気付いた。
「「……って、じいさんか。ビックリさせんなよな? 一応根っこから引っこ抜くようにはしたけどさ。そもそもこんななる前に除草剤撒かなかったのか?」
「いやな? おらもこんなんなるまで放っておく気はなかったんだけんども。先に山っ側のほうをと思ってたらいつの間にかぼうぼう生えとってよ?」
曲げていた腰を伸ばしながら、あきれ気味に言う俺に屈託なくカッカッと笑むじいさん。
そんな俺の目の高さにどうも「物置兼蔵」から引っ張り出してきたらしき除草剤をじいさんがふるふると振ってみせる。
そうしてひとしきり笑うと、満足したのかじいさんが「だからなおめえ、あとはおらに任せて顔でも洗ってき?」と庭端にひっそりとある水飲み場を顎で指し示した。
じいさんに言われた通り、蛇口からホースが伸びる水栓柱へ目をやってみれば、台上に置かれたバケツの中に満ちた水面がようやく差し込んできた朝陽を受けキラキラと光っている。
それからすぐ己の衣服に目を移してみると、幸いデニムやシャツは汚れていないみたいだったがまくった日地先や前腕には土が付着していた。
「ありゃ、気つけてたつもりだったんだけどな。じゃあちょっくら、お言葉に甘えさせてもらうよ」
借りていた軍手をじいさんに突っ返してから、俺は庭の隅にある水飲み場へと気だるい身体を引きずっていく。
ぐるぐると繋がったホースをかってに外し、一気に蛇口をひねった俺はバシャバシャとついで顔面を冷水で流す。
そして蛇口横にポツンと置かれたキ●イキ●イを2、3度プッシュすると、泡立たせたハンドソープで肘上までを擦って土汚れを落としていった。
「……あっ」
バッシャバッシャと流し終えたところで、何も拭くものがないということに気づいた俺は間の抜けた声を上げる。
どうしたもんかなと蛇口に手をのっけたかっこうでフリーズしていると、またもや背後に迫っていたじいさんから助け舟が出された。
「ほれ、こんなもんしかねえけんど使え」
「ん、ああサンキュー」
思いがけず近くから掛けられた声に肩をピクッとさせつつ、俺は肩越しにごわついた感のある手ぬぐいを素直に受け取る。
俺が差し出された手ぬぐいで雑に水滴を拭っていると、用事は済んだとばかりにじいさんはさっさと除草剤を散布しにいってしまう。
(それじゃあまあ、やることやったしもう帰りますかね?)
俺はテケトーに使った手ぬぐいを蛇口のパイプに引っかけ、これでじいさんが手伝ってもらいたがってたことは終わったろうと、手持無沙汰になる前に引き上げることにした。
スタンドを立て縁側前に放置してあった自転車のところにまで戻ると、ひょいっとサドルに尻を据え元来た坂を下り始める。
その傍ら、むき出しとなった地面に除草剤を撒いているじいさんを横目に俺が自転車を走らせだしたところで、砂利のはねる音に反応しじいさんがこちらに片手をあげる。
また来るよ、と手を振り返しながら俺はだんだん走行音の響く県道●号線へ近づいていった。
(にしても、あの感じからしてさすがのじいさんでもまだ昨晩のことは聞き及んでないみたいだったな)
石砂利の上をスイーっと降り切手、狭い狭い歩道を今度は器用に滑っていきながら、俺は今しがたのじいさんの様子を思い返す。
……まああえて、っていうかわざわざ不安にさせるようなことを言うのもあれだったしな。
特段「彩花の件」をしゃべりはしなかった訳だけど、いくら耳が早いじいさんでもまだ数時間足らず、しかも夜の間に起こった事柄までは把握していないみたいだった。
言ったら言ったで「おめえ、こんなとこで何やってんだ? 彩花ちゃんの傍についてやってねえで!」とどやされることは目に見えてたし、
容易に想像がついてしまう「じいさんのシュッと細められた眼光」に苦笑いを浮かべてから、俺はじいさんちの石塀に沿う形で県道を南へ下っていく。
幾分かさっきよりも落ち着いたように思う交通量の県道をすがすがしい気分で南下していくこと数分、
次いで「農業用水を確保するため」の川とも側溝ともつかぬ水路と交わる地点に差し掛かったところで、俺はブレーキを掛けてペダルに置いていた足を下す。
っていうのも、このまま左折して直帰してもよかったんだけど、せっかく心地よくサイクリングし始めたところなのに帰ってしまうのもなんだなと行き先を変えることにした。
「確か、続いてるはずだよな? ここの用水路って……」
ダンプとトラックの切れ目を縫うように、車道を反対へと渡った俺は何気透明度の高い水路をたどり実家がある方角とは反対方向に自転車を進めていく。
鈍く太陽光が反射する水面をボケっと眺めながら「そういやガキの頃は、それこそザリガニとかニジマスとか入れ食い状態だったっけ?」なんてことを思い出しつつ俺はペダルを前に踏んだ。
それから、右にふっと目線を振ってみれば、県道を挟んだこっち側にも標高のだいぶ低い山々の稜線が広がる。
(ゆうて、もうここらはじいさんが所有する山じゃなかったよな?)
小学生時代、さすがに車通りが多い●号線を超えてまで冒険しにくることはあんまなかったと記憶してるけど……妹も引き連れてとなるとなおさらに。
それでも、何度か足を延ばした時のことを頭の中から引っ張り出すまでもなく「ところどころ小山へ侵入していける小道。っていうかあぜ道みたいなのがあったよな?」とうっそうとした木々の隙間に目を凝らす。
なんでそんな道があるのを知ってるかといえば、美月と二人して家から離れた「こっちの小山」にも秘密基地を作ろうと探検しにきたことがあったからだ。
まあ結局、隠れ家としちゃいい場所を見つけるには見つけられたんだけどさ。
何せいかにも「産業廃棄物でござい」って物が山のように積みあがってるせいで、普通にケガしかけたから候補から外したってのが理由だった気がする。
単に、きったない違法投棄まみれのゴミの中にちっちゃい彩花を連れてきたくなかったってのもあったように思うけど……
にしても今思えば、あの当時はあふれる産廃のタワーを見て目キラキラさせてたんだからな。子供っちゃ単純っていうかなんていうか、
そんな回想に浸っていると、俺はようやくお目当ての「ギリギリ軽トラが入っていけそうな細っこいわき道」を発見する。
軽トラ一台分は入っていけそうっていっても、フロントガラスにガシガシ伸びきった枝先が当たるのを無視すればというだけで、
もはや空を塞ぎアーチ状に両サイドから突き出た枝に覆われたその道? は、よくよく注意してみていなけりゃ見逃してしまうような無舗装のわき道だ。
(うわこんな暗かったっけ? まあだからこそ人目を忍んで業者が投棄しにくるんだろうけどさ)
最初のコメントを投稿しよう!