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発散-2.違法だ違法と騒がれてきてはいたんだけどさ。よもや×捨て山に成り果ててしまうとはな、
顔を出した朝日がキラキラと反射する用水路とは裏腹に、茂った杉やら松の枝先が所かまわず伸びまくった一見「道ともつかぬ小路」は相当に暗い。
もはやこんなところにまで枝を払いにくる者もいなけりゃ、そんな膂力もあるじいさんばあさんもいないんだろうなってことを思わせるくらいには荒れ放題となっていた。
「まあだからこそ、業者からすりゃ絶好の投棄ポイント! にされちまってるってことなんだろうけど」
そんなことを皮肉気に呟いてから、俺はバシバシ当たってくる枝もいとわず山間にできた脇道へ突っ込んでいった。
とはいっても、気を抜けば容赦なく四方から枝の先端が眼球や鼻の孔に突き刺さってこようとするので、俺は臥せ気味に枝下をかいくぐっていく。
(この感じじゃ、やっぱり昔と変わらず不法投棄の温床になってるみたいだな)
下向き勝ちに進む俺の目線の先には、まだ真新しい轍の跡が続いていた。
たぶん軽トラだと思うけど、ジメった土に残るタイヤのくっきり感からして最近も捨てに来られてるっぽいな。
「人目を忍ぶにはもってこいの場所って訳だ」
口の端を歪めそう漏らすと、轍の間にこんもりできた土の上を俺は自転車で器用に滑っていく。
そうする折、目の前に飛び出てきた太い枝を避けようと頭を振ったところで、向こうからやってくる小さな影が目に留まる。
なんだなんだ? と目を凝らすまでもなく、微かな木漏れ日の元まるで俺と「お見合い」でもするように進行方向から列をなした子猫が数匹歩いてくるところだった。
(飼い猫では……さすがになさそうか?)
「って、あぶな!?」
十中八九、そうじゃないだろうな。見るからに野良猫っぽいし……なんて適当なあたりをつけていると、俺が突っ込んでくるのもなんのその「悠々と我が物顔で歩く野良猫達」はよける気配すら見せない。
恐れもせず悠然と距離を詰めてくるのらぬこ様達に俺は慌ててハンドルを切った。
ガッタンとぶつかる直前に車輪を轍へ落としている合間にも、ビクついた様子すら見せず堂々とのらぬこ達は小路の入り口へと去っていく。
「っ全く、逞しい野良どもだなおい」
最後までこっちに関心を示した素振りもない「猫の集団」をやり過ごしてから、俺は轍間の盛り上がった地面に自転車を戻した。
途中、そんなアクシデント? はあったものの、そこからは順調にざっと50メーターほどはある木立ひしめく小路をえっちらおっちら進んでいった。
「……っと!」
うっそうと茂る梢同士の間隙を抜けっるや、途端開けた空き地に積みあがった「ゴミの山」が俺を出迎える。
朝なのか疑わしくなるほど日の光が届きにくかった道中とは打って変わり、ぽっかりとそこだけ空けた敷地にはさんさんと夏の朝日が降り注いでいた。
いきなりぬっと現れたゴミ山に思わずぎょっとしてから、俺は再度いつ崩れてもおかしくない投棄物のタワーを見渡す。
子供の時もそこそこ積まれてたような気も、いやまあ背丈がなかった分そう感じただけってのもあるんだろうけどさ。
「よくぞまあ、こんなに捨てたもんだな」
俺は、☀の光に晒された土嚢やら閉まらなくなったツードアタイプの冷蔵庫、そして何故だか扉がなく中が丸見えとなった電子レンジやらを順繰り見回す。
「……にしても」
関心する傍から俺は鼻をスンスンと、何かを探すようにゴミ山の隅々へ視線を走らせた。
(確かに、ここじゃ日差しが絶えないと思うけど。まさか生ゴミでも捨てられてんのか?)
空き地の入り口に立っていても匂ってくる腐臭に、それ以上一歩も踏み入ろうとせず山積されたゴミを注意深く観察する。
(まあ夏だからーで済ませてしまえばそれだけではあるんだけど)
変に、生ゴミとかまで投棄されてるようなら取って返そうかと恐る恐る上から下に目線を映していく。
(でも、この匂いはなんだか錆っぽいっていうか明らか腐ってる感じがするっていうか……)
そうして、ぱっと見まだ綺麗だし使えそうな物から扉が外れかけたレンジに至るまで、電子レンジが集中して重なり合ったゾーンに目を滑らせたその直後、
「……は」
最初、目に入ってきたのは人の足だった。
互い違いに重なる電子レンジの麓へ視線を下げた俺の目に飛び込んできた光景。
それは、有名スポーツブランドだと分かるスニーカーから伸びる男性? の両下肢で、
ストライプの入ったスニーカーのつま先は空を向き、まくれ上がったジーンズの裾からは脛骨・青白い肌をした脛周りがわずかに覗いている。
「だい、じょ……」
大丈夫ですか? と咄嗟に声を上げようとしたところで、俺は開きかけた口を閉じる。
駆け寄ろうと身じろぎかけた体が、隙間から垣間見える皮膚の色素を確認した途端ピタリと止まった。
(いやでも、じゃあこの匂いは……?)
さすがに、ご検体を前にするような解剖実習には参加していないけど「死後の経過」について聞きかじるぐらいしていた俺は、瞬間そんなことが脳裏に浮かぶ。
ほんのわずかな時間、そうやって気を取られていると俺の顔面目掛けて一匹のハエが飛んできた。
慌てて顔を振って避けたその拍子、あえて見ないようにしていたそれが視界に入ってしまう。
「ウソだろ、おい」
ゆったり間のある細見えデニムパンツにだるだるの白いTシャツ。
手をだらりと仰向けに転がるその人は、やっぱり男性のようだった。
遠目に見ても体系からして「男性」であることに間違いはないように思うけど、いまいち断言しきれなかったのは目線を上げたその先が異様だったから。何せ、
首から上、顔を拝むことができずにいた。
いや正確には、鎖骨と頚部までは露出しているように見えるけど、
Tシャツの襟元と首筋には赤黒い何かがこびり付いて、横たわった地面はちょうど首の周りに掛け明らか血色素だと分かるそれで変色していた。
そして、うず高く積まれた「壊れかけレンジ」の一つが頭蓋骨ごと押しつぶすように顔面へ落下してきているみたいだった。
「……う」
衝撃的な場面ではあるものの、直感的に「事故か?」とそう結論付けそうになった俺は、ある違和感に気づいて思わず口元を押さえた。
(なんだ、これ……)
落下の勢いで外れたと見える扉が、急に吹き始めた風により煽られるレンジの真下。
よくよく目を凝らさないことには分からなかったけど、時たまここいらのジジババが畑やら山の中に仕掛けているのを見かけたことがあるそれが俺の眼にクローズアップされる。
「捕獲機かあれ?」
人間の頭部がすっぽり収まるくらいリサイズされた捕獲機が、見なくとも分かるほど陥没してるっぽい「男性の顔面」と共に大きくひしゃげている。
その、あまりの惨さと言い知れぬ悪意のようなものをもろに浴びたところで、漂ってくる鉄臭さと悪臭がにわかに強まったように感じた。
俺は、ほのかに強まったように思う腐臭から逃げるように、ジリジリとハンドルを握ったままで小道へ後ずさった。
「いやいやお待たせ、それにつけても彩人君も災難だねー。こうも立て続けに事件に合うとなると」
「いやまあ、そりゃ俺自身が一番驚いてますよ」
期せずして昨晩も顔を合わせることとなった、っていうか2時間ばかり前にも連絡してみるかと思ってはいたところだったんだけども。
ジメりと不快感を煽ってくる梢の間にできた細道へ引き返した俺は、空き地に背を向けたかっこうで1も2もなく警部補さんの番号を呼び出していた。
(考えてみりゃ、電源ボタン長押しで110できたと思うんだけど)
とはいうものの、適切な対処が取れなかったのを見るに俺も動転してたっぽいな。
そんなことを面には出さぬようにしながら、現場の確認から戻ってきた吾大警部補に連れられ俺は水路沿いを歩きだす。
昨日と違い独りで駆けつけてくれたのか、とりあえず急ぎ警部補さんだけで着てくれたみたいだけど……
それも数分のことで、即座に応援が呼ばれるとあれよという間に辺りは警察車両でいっぱいになった。
降りてくる鑑識官っぽい人や他の警官の中には、昨日午前中うちに来てた顔もあったように見えたけど、今現在俺の隣についているのは警部補さんだけだ。
ゾロゾロとやってくる鑑識さんっぽい人達と肩がぶつからないようすれ違ってから、俺は深く息を吸い込んだ。
意識せぬ内浅くなっていた呼吸を元に戻すと、肺いっぱいに広がる水路の湿ったせせらぎが今まで溜まっていた腐臭を押し流してくれる気がした。
「さーてとじゃあ、改めてになるんだけどね。状況を聞かせてもらおうかな?」
「……はい」
もう一度深呼吸をしてから俺は、警部補さんに促されるまま止まったパトカーの後部座席へと案内される。
「お水飲むかい?」
警部補さんが気を使って渡してくれたミネラルウォーターを一口飲むと、俺は冷房の効いたパトカーのシートに座りなおす。
俺はラベルレスのボトルを握ったまま、今朝がたからの流れを順を追って語りだした。
寝覚めが悪く、気分を晴らすため散歩がてら放置したままになっていた自転車を取りに行ったこと。
そのついでじいさんとの約束を思い出し草むしりを手伝いに行ったこと。
そして、そのまま帰るのもなんだなと昔秘密基地と称していた思い出の場所に出向いてみたことなどなど。
昨夜の一件を知っている警部補さんだったっていうのもあり、1から丁寧に時系列を説明していった。
それから、現場に至るまで(道中も含め)不審な人物、ましてや人っ子一人でくわしていないっていうのを付け加えるのも忘れずに……。
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