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発散-3.まさかあんなご遺体と対面するなんて誰が想像したよ…?
「こんなとこにいましたか。千馬警部、おつかれさまです!」
神咲青年への聴取を終えた僕は、速足気味にこのなんだか薄気味悪いスギ林の間を潜り抜ける。
ぐんぐんと気温の上がり始める陽気に比例して靴底に触れる土壌のウェット感が増してくるような轍を突き進んでいくと、現場の入り口で木陰に佇む目的の人物を発見した。
「あ、吾大お前、まーた独りで現状入りしたんだってな!?」
「いやだな、偶々ですよ? それに昨晩は警邏中の警官に同行しただけですから。独断じゃあありませんし」
「……ったく、減らず口を」
シートの張られた現状を出入りする鑑識官たちを日陰で遠巻きに見つめていた千馬(ちば)修三(しゅうぞう)警部のところに駆け寄るや、僕の頭の上に叱責の声が降ってくる。
もはや「それ締めてる必要あるんですかね?」ってぐらい緩めたネクタイに、どこからどう見てもブラック現場に疲れ果てたようなリーマンっぽい風体をしたこの警部は、瞬間そのなりを引っこめると即「刑事としての眼光」を覗かせてくる。
まあ、そんながんを飛ばされてものらりくらり交わしていると、警部はすぐ「相手にするだけ無駄だった」ってことを思い出して肩をすくめちゃうんですけどね。
「それで、害者の身元は分かったのか?」
僕にああだこうだ説教垂れても時間を浪費するだけだと諦めきった風の警部が、せめても実りのある話をとさっそく本題に関し水を向けてくる。
「警部、いくらなんでもそんな早く身元が割れるわけ。と言い返したいところではあったんですが、地域住民へのあいさつ回りが功を奏しまして……」
僕はひらひらと振って見せていた「顔つなぎの名刺」をスマホケースに差しはさんでから、一応警察手帳をパらりっと開いた。
軽く目を通しなおした僕は、2秒と開かずに手帳を閉じると思いがけぬ「収穫の早さ」に力の抜けた笑みを浮かべる。
「ほんと、身元の確認だけは早かったんですが……えーと氏名は巴(ともえ)忍(しの)21歳。この春先、近所の一軒家に引っ越してきたばかりの大学3年生」
「っていうと市大の学生さんか?」
「いえ、正確には大学生だったっていうのが正しいですかね?」
そのまま続けてくれ。というように頷く警部へ、僕は書き込んであった被害者情報を諳んじていく。
「近所には大学を休学しているという風に広めていたようですが、実態としては今年の3月に大学を中退しています。それも市大ではなく都内の某有名大学から越してきたようですね」
「わざわざこんな田舎くんだりにか。一軒家の所有者は?」
「居住実態はあるものの、被害者の転入届は出されていないようで。所有は、病死した被害者の祖父である巴(ともえ)恒之(つねゆき)のままになっていました」
ほう、それで? とポケットから禁煙用のミントガムを取り出し、警部が先を促してくる。
「被害者は、都内でIT理工学科を専攻する傍らウェブデザインやアプリ開発のスキルを活かして収入を得ていたようです」
「そんなエンジニア? とか言うんだっけ、の学生さんがどうしてまた大学やめてまで田舎に引っ込んできたんだ?」
お前も食べるか? ともう一枚引っ張り出したガムを僕に手渡してから、警部がブルーシートをちらと一度だけ確認して言う。
「近所のご老人方いわく、挨拶はするけど人付き合いは得意そうじゃあなかったとのことで……それでも個人としての開発環境からみるとそこそこの収益を上げていたようですし。早々に見切りをつけて開発に専念できるこっちへ移ってきたのかもしれません」
まあ大学側に確認は取ってみますけどね……とガムの包装を外しつつ、僕は最後にそう締めくくった。
「静かな場所で仕事ができると思って来てみたら、こんな様にさせられてしまうだなんてな。……ったく、気持ちの悪い事件が続くもんだ」
吐き捨てる警部が見つめる先で、ブルーシートの奥から鑑識員が数人出てくる。
それを合図に僕たちは「ご遺体の待つ現場」へもう一度足を向けた。
◇◇◇
「え、俺そんなひどい顔してますか?」
「まあね、通報もらった時よりはだいぶましになった気がするけど。それでもまだ白く見えるって感じかな?」
何気快適空間だった後部座席から降りた俺のもとに、放置したままの自転車をピックアップしてきてくれた警部補さんが気づかわし気に近づいてくる。
「あんまり柄じゃあないんですけど、動転してる自分に驚いてるっていうか……」
「誰だってあんな有様を見たら動転するのが普通。あ、もう一本お水飲むかい?」
そういって、追加のミネラルウォーターを渡してくれる警部補さんの厚意をありがたーく受け取って、俺は再び冷たいお水を胃に流し込んだ。
「ひとまずまあ、おうち帰ってゆっくり休んで!」
俺が飲み干したボトルを回収すると、警部補さんは肩にポンっと手を置き水路沿い・県道との合流地点がある法を指さした。
促されるまま首を縦に振った俺は、今度こそ寄り道をせずに直帰をすることにした。
っていってもな、じいさんの山を突っ切って帰り着くことはできないので、またもや迂回する形で野山を回り込んでいく。
すっかり日も昇ってしまった快晴の下をぎこちなく漕いでいき、のろのろと俺が実家の庭先に帰ってくると、微妙に開いた玄関の戸から美月と彩花の声が漏れ聞こえてくる。
(そういやメッセきてたんだっけ……?)
聴取を受けてる間、スマホが震えてたのは分かってたけどさすがに応答する余裕がなかったので、スルーしてしまっていたことを今になり思い出す。
まあたぶん、俺からの返事がないのにしびれを切らしてうちに直接来たって感じだろうな。
「ただいま」
呟くようにこっそり引き戸を開けると、カラカラと小さく鳴った戸の音を聞きつけ美月が真っ先に玄関へ出てきた。
「どこ行ってたんだい? レスも全然つかないし……というより、まだ体調悪いのかい?」
「ああいや、別にそういう訳じゃあないんだけどさ」
もはや、就寝前から引きずった頭痛なのか今朝の「ショッキングな発見」からくるストレスなのか分からんけど、
速攻で美月に感ずかれたのを見るに思ったよりも顔に出てるっぽいな。
「んで、彩花は?」
全くこれじゃあ兄妹(どっち)のほうが体調悪いんだか、
俺は「体調の変化」を隠すようにすぐ彩花の居場所を尋ねた。
「あ、兄さんおはよう」
俺が妹の姿を探し目をさまよわせていると、台所から彩花がひょこっと顔をのぞかせる。
「今ね、昨日凍らせてたメロンをシャーベットにしてるんだけど兄さんも食べる?」
俺とは反対に、顔色が戻った様子の彩花に努めて軽くなるよう「マジで、じゃあいただこっかな」と返事を返す。
どうやら、昨日話題に上がっていた大量メロンの処理に掛かっているらしい二人に倣い、俺もさっそくそれに加わることとした。
美月のもの問いたげな視線を無視し玄関に上がると、今朝対面してしまった「気分の悪くなる話」のことなどおくびにも出さず俺もシャーベットを作りに台所へ向かうのだった。
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