発散-4.拾ってもらうつもりだったんだけどな、この中(熱気)を徒歩で向かえと?

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発散-4.拾ってもらうつもりだったんだけどな、この中(熱気)を徒歩で向かえと?

「それで、彩花気分はどうだ?」 「うーんそうだな、夜よりはよくなったって感じかな?」  俺は思いっきり自分のことを棚に上げ、目の前でメロンのシャーベットにフォークを突き刺している妹に尋ねた。  口に持っていこうとしていたのを一度止め、彩花がシャカシャカと凍ったメロンにフォークを抜き差ししながらそう答える。 「ちょーっとフラフラする感じはあるけどね。……でも兄さんの方こそ大丈夫?」  まつ毛の下から覗くくくるっと小さな目を困ったように伏せてから、そんなことよりもだよと今度は真っすぐ俺の顔を見つめ返してきた。 「やっぱ、そんなに顔色悪そうに見えるか?」  美月にバレてる時点で隠し通せるとは思ってなかったけどさ。  こうも会う人会う人に心配されるのを見る感じ、案外俺も堪えてるんだろうななんて思いつつ、 「うん、帰ってきた時から変だなって感じしてたけど」 「まああれだ、暑さにやられたのかもな」  俺の反問にこくんと頷いて見せる妹へ、それでも「朝見つけてしまったモノ」のことについては触れずごまかし笑いでその場を流す。  そして、俺はそこからの追及を避けるようにサクサクと、無心でメロンシャーベを胃に落とし込み続けた。  その後も結局、自転車を回収しにいっただけのはずが「惨い遺体の第一発見者」となってしまった件に関しては美月にも、ましてや彩花にも伝えようとはしなかった。  とはいえ、明らか顔色が優れない俺を気に掛けてくれてるみたいだったけど……  幸いにというか、元々「起きがけから体調が悪い」っていうのを言ってたのもあってそれ以上変に感ずカレルことはなかった。 「どうやら無事に決行されるみたいだな」  それから数時間。  日中の茹だるような熱気は相変わらずなものの、10メーター近い東向きの風が抜けていく廊下で、俺は午後のひと時を涼んでいた。  カーペットに肘をつき眺めていたスマホの時刻が「16:00」になった途端、セミの合唱を突き抜け空砲が数発立て続く。 (今朝もあんなのが起きたんじゃ、ワンチャン中止になるかもしれないなって思ってたんだけど)  その音を合図にむくりとカーペットから身を起こした俺は、そんなことを考えながら固くなった背中を伸ばす。  やや内陸よりにあるうちにまで届いたその空砲は、午後7時から開催される花火大会の実行可否を告げるものだ。 (ていってもな、まだ3時間くらいあるんだけどさ)  背伸びをしたついでに家中を伺ってみれば、彩花は変わらず課題に取り掛かってる風だし、  美月は美月で打ち水がてらボレロを洗車しているみたいだった。  ずいぶん手慣れたもんで、もう何度もうちの庭で洗ってるんだろうなってことを思わせるくらいにはよどみなく、美月が引っ張ってきたホースを取りまわす。  かと思えば、簡単に車を流し終えるとその流れで前庭の飛び石にも水を撒き始めた。 (いや駐車スペースとしちゃ、うちの方が広いだろうから分かるんだけども)  あっという間に蒸発していく水の湿ったにおいと、多少なり温度の下がった空気が網戸を通じ廊下に吹き込んでくる。  そこから時間をおかず、テキパキホースを巻き取った美月が片づけをしに軒先へと姿を消していった。  ぽけーっとその恰好で庭先を見つめていると、すぐに戻ってきた美月がカラカラと玄関の引き戸を開け玄関に上がってくる。 「美月ちゃーん!」  そんな美月が上がりに片足を乗っけたタイミングで、勝手口の方からあっけらかんとまたもやうちの中に呼ばう声が……。 「なんだい母さん、花火にはまだ早いよ?」  いきなり響いたそれにビクッとする俺とは反対に、全く動じた素振りもなし・眉根すら動かさず台所へ向かう美月さん。 「花火? ああうん、やるみたいでよかったわね。……そうじゃなくてね、ちょっとお出かけしたいんだけど車出してくれる?」 「ええ今からかい? もうそろ交通規制も始まってると思うんだけど……」  襲来した冬華さんからのお願いに、始め美月は嫌そうに応対する。 「……全く」  ここからでは表情が見えないけど、たぶん両手をすりすり拝み倒している冬華さんに根負けしたんだろう美月がやれやれと両省の意を返した。 「ありがとう美月ちゃん! あ、彩花ちゃんもオ出かけする?」 「え、うん……課題もひと段落したとこだし。行ける、かな?」  基本、台所から妹の私室までふすまも障子も開けっ放し、吹き抜けになっているので見事冬華さんにロックオンされていたのであろう彩花も巻き添えを食らったようだった。 「彩人ちゃーん、二人とも借りてくねー!」  そういうや、あれよあれよと妹達を追い立てピッカピカとなったボレロに乗り込み出発する冬華さんご一行。 (忙しい人だなおい)  嵐のように冬華さんが二人を連れ去っていってからしばらくして、  スマホの画面にくっきり自分の輪郭が映り込みだしているのを見て日が陰ってきたことを知る。 「電気でもつけ……いやそうだ、それより花火の前に礼だけしに行っちゃおうかね?」  よっこいせと立ち上がり、家中の電気を付けて回ろうかとしたところで俺は、しそびれていたことを済ませてしまおうと踵を返す。 (連絡ないのを見る感じ、やっぱ渋滞に捕まったっぽいな)  ……おばさ、冬華さんが彩花と美月を引き連れ出て行ってから2時間ばかり。  案の定というべきか、押しかける物見客の列にでも引っかかって帰ってこられなくなっているみたいだな。 (ただでさえ、冬華さん買い物始めたら長いし。早めに引き上げてくるなんて鼻からできなかったろうとは思うけど)  俺も美月に拾ってもらって行く気満々だったんだけどさ。  これじゃあ間に合わないだろうなと判断した俺は、歩きで向かいがてら通り掛けにある青木商店に顔出していこうと思っていた。  そうして、ジーワカミンミンが優勢だった庭木や野山から、俺はカナカナとヒグラシの音が広がりだす暮れかけの空の下へと踏みだした。  軒先にスタンドを立て止めてある彩花の自転車も目には入っていたんだけど、  どうせ帰りは美月の運転で来ることになるんだからと「余計な荷物になってしまいそうなそれ」に跨っていくのはやめにした。  なので、自前の足でまだまだ熱のこもるコンクリの上を辿っていくことにした。 (いややっぱ、徒歩にしたのは無謀だったかな?)  いくら赤と群青のコントラストがはっきりしだした時間帯だといっても、蒸すような空気が抜けきるなんてこともなく、  ゆうて昼間と大して変わらないような体感気温の中、げっそりとしながら俺はとぼとぼと商店を目指していった。 「ごめんくださーい、ばあさんいるか?」 「ん、いらっしゃい彩人くん。どうしたんだい?」  自販機に一瞬気を取られながら、厚いガラス扉を押し開けるとそんな声が俺を出迎える。 「あれおじさん、ばあさんは? 昨日の礼をと思ってきたんだけどさ」 「ああ、別にそんなの気にしなくてもいいのに……ばあさんなら近所の戸一緒に花火大会の手伝いにかりだされてるよ?」 「え、ああ持ち回りでとかになってるんでしたっけ? にしてもいやほんと、ここらのジジババどもはというかなんというか……」  確か火吉のじいさんとあんまり年変わらなかったと記憶してるけど。  ばあさんの張り切り具合に面食らっていると、処置なしと苦笑い気味におじさんが肩をすくめる。 「ところで彩花ちゃんはその後大丈夫かい?」 「ああはい、おかげさまで調子は少しずつ……」  俺はとりあえず、おじさんにだけ礼を告げてから少し雑談をして商店を後にした。 (まあ花火中に見かけるかもしれないしな。ってそれはさすがに厳しいか)  それでも、俺が大学戻るまでには顔くらい合わせられるだろうと自販機の前を通り過ぎながら軽く考える。 (……美月、か)  しゃあなし、大会会場まで歩いていくかねと駐車場を出たところで、不意にブルりとポケットのスマホが振動した。  8月16日 [18:××:58]  美月:やっぱり、まんまと渋滞に巻き込まれたよ。迎えに抜け出すのは少し厳しそうだ。だからすまないけど一人で向かってくれるかい? 私達もこのまま会場入りしちゃうから、  まあなんだ、予想通りっちゃ予想通りな転回になった訳だけども。 (この感じからして、今日も冬華さんに振り回されたみたいだな)  ゆうて打ち上げ間際にメッセが送られてきてるのを見るに、ギリギリまで俺を迎えにくるつもりではいたんだろうけどさ。  俺は、「だと思った、もう向かってるよ」と手短にそれだけ返すと、花火に間に合わせるべく多少ショートカットになる経路を取った。  昨日、スクリーニング検査のために使った踏切~~旧道ルートでは返って遠回りになるので、俺は最寄り駅の裏に直で出れる田んぼと疎らな民家の間を突っ切っていくことにする。  ちょうど青木商店の真ん前に広がる田園の中を抜けていくと、あとは駅裏まで年期っていうよりも老朽化を感じさせる古い木造家屋が互い違いに並ぶ。  昔ながらといえば聞こえがいいけど、俺は無駄に庭先の広い建築物の並んだ間隙を早足気味に進んでいった。 「っていうかさ、ここって……」  とはいっても、昔はさぞかし立派な石垣だったんだろうな。ってことを思わせる石塀を見上げたところで、俺は上げかけたつま先をピタッと止める。  だんだんと自分の影が周囲の薄闇と同化し始めているのを見て、「ちょっと間に合わないかもな」と焦っていて気付かなかったけど……  よくよく考えずともこの道は昨晩彩花が付け回された場所だった。  意図せず俺が足を止めると、石塀の切れ目からは苗字の消えかかった表札にすっかり色落ちしたポスト。それから煌々と光りだす玄関ポーチの電灯が目に付いてくる。  そして、そんなポーチライトの頭上にはあからさまな監視カメラが取り付けられていた。 (あれじゃあ、何のためのカメラなんだか……)  こんな人もろくに出歩いてないような路地だ。ぱっと見、防犯としちゃよさげに思えるけどさ。  どこにも電源コードが刺さってないのがここから見えちゃ、対策の意味がないよな? (ってえなると、彩花を追っかけまわしたやつを捉えてるはずもないか)
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