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発散-6.標的細胞/ターゲットとして狙われる=首を差し出すのと同義な世界 ⅱ
「時間は、ちょうどみてえだな。〝現在時刻19:15 Case ⅳ 特異に変性分化した弓状原核の神経細胞を保有する被験者(かんざきあやと)へのストレッサーと、空間を間隙とし試験者(かいなおと)が起こした活動電位/収束による物理的な干渉を観測する実験を開始する〟……これで満足かぁ?」
花火の残光が消えた途端、束の間暗くなった河原にスマホの強い液晶光が差し込める。
そんな光源を付けた張本人、不審者(そいつ)がどこかに繋げているらしき電話口へ向かい白けたように報告する。
「ったくよ、条件を揃えろだのなんだの結果って事実の前には些事だと思わねえか? まあこれでも協力してもらってる身だからよ、一応足並みぐらいはな。……つっても、ちっとばっかフライングしちまったんだけどな」
もうすでに、通話は切れているのか嫌そうに画面をチラと見てから、そいつは小さく肩をすくめた。
甲斐(かい)尚人(なおと)
察するに、長ったらしい宣言/報告を通話口の誰かに嫌々告げていたこいつの名前? のように思えるけど……
別に俺に同意を求めている訳じゃあないんだろう。一方的にそう言うと、そいつは俺の返事など待たずに続ける。
「やっぱたったの3本じゃぁ心許ねえか。もう一本分消費しちまった訳なんだけどさ、あいにくこの手の試験に参加するのは初めてなもんでね。毎回、調整はしてんだけどな……」
たぶんあれは、俺が木製の階段を踏み抜いた際ちらっと振り向きざまに光って見えた物。
どうやらその正体は刃物ではなく「試験管」だったみたいだ。
「ああこれか。何、んな珍しいもんじゃぁねえんだけどよ? 俺の血液だよ血液」
「血、液……?」
変わらずスマートフォンの液晶から漏れる明かりの中、そいつは右手に持つ空となった試験管をふるふると振ってみせる。
そうして、なんてことないようにその「中身」を開示するや持っていた試験管を躊躇いなく後ろへ抛り捨てた。
「つってもあれだぞ? てめえの身体を切った張ったして取った訳じゃぁねえ。きちんと看護スタッフに採血してもらったのだけどな」
またもや唖然とフリーズする俺を見かねてか、「だから変な誤解は勘弁してくれよ」というようにそいつがそんなことを補足してくる。
「俺もさ、好き好んで持ってる訳じゃぁねえんだわ。まあ説得力はねえかもしんねえけどよ……残りは、2本60ml分。このペースだと試せて2回ってとこか」
腰元に手をやったそいつが、ベルトから下がるそれを確かめながら呟く。
スマホ程度の光量でははっきりとそこに下がっている物は見えないけど、さっき投げ捨てた同じ筒状の試験官? がベルトのホルダーに吊り下げられているらしい。
そして、そいつが徐に付けたスマホのフラッシュライトを俺の足先へ向けてくる。
「まさか」
脈絡なく伸びてくるライトに警戒を強めた俺は、その明かりが止まった場所を見て咄嗟に数歩後ずさっていた。
そこにはライトの光を浴びて浮かび上がる、俺の背中を打ってきたであろう手のひらに収まるくらいの丸石。
その辺の河原に転がっている石ころと何ら変わらぬように映ったのは最初だけで、ライトに照らされたその表面にはまだ乾ききっていないことが分かる赤い何かが付着していた。
飛びのきざま、思わずというように丸石の当たった個所を触ってみると俺の指先に伝わってくるのはぬめりとした感触……
「ああ、わりいわりい。服汚しちまうつもりはなかったんだけどさぁ、でも許してくれねえかな? なんせ凝固しちまうとよ、血漿成分内の伝達物質に伝導しにくくてだな……」
全く悪びれた風もなくどころか、こいつは自分が「常軌を逸した言動」だと分かった上で俺に語り掛けてきている。
血漿や伝導、そして伝達物質。それらそのものが何を指していることなのかは、もちろん人体解剖や生理学を履修していりゃ理解はできる。
けど、それを踏まえたとてこいつが行ってきているしぐさの一つ一つが俺の不快感を煽るのには十二分すぎた。
「……う」
こみ上げてくる嫌悪感に思わず口元を押さえると、ほのかにまだ血液が香ってくる気がした。
余計に気分が悪くなっている俺を無視してそいつはかざしていたライトを引っ込める。
「つってもよ、俺としちゃガッカリしてんだわ。まあ収束(はたらき)の確認を取れてることには満足してんだけどな? にしたって、こうも負荷に耐え切れず押っ死んじまう奴が続発するとよぉ」
「押っ死ぬって?」
「ほんとつまらねえよな。せっかくの誼だっつうのによ。生き延びられるかもって肝心要のとこでいまいち歪み切れない。……まあ極限のストレスを与えてもあれなんだから結果は死。つうかお前もだぜ、あんな惨状目の当たりにしておいてさぁ?」
「惨、状?」
不意に投げつけられたその言葉で思いつくのは、ずっと今日頭の隅にちらついている朝見た生々しい殺人の現場。
「嘘、だろ。あれって?」
「ウソだろ、はこっちのセリフだっつうの! まさかあんたの察しがここまでわりいとはな」
フラッシュバックする頭蓋のひしゃげたご遺体の様子に、咄嗟に顔を上げると呆れた素振りのそいつの真っ黒な瞳孔が俺を迎え撃つ。
「……あんたが、ヤッタのか……」
こいつの口ぶりからしてそうなんだろうなとは思いつつも、現実味を伴わないその言葉が空を切っていく。
確信を持てない、っていうよりも信じタクはない俺の目を感情の読めぬそいつの眼がただただ見返してくる。
「なん、で?」
「なんでって、初めっからずっと言ってんだろ? 臨験だよ臨験。俺も協力してやってる身だって説明したよな?」
無機質にあっさりと肯定されるその「殺人」という行為に、実感なんてこれっぽっちも持てないでいる俺から浅い息が漏れる。
けど、そんな俺に猶予を与える暇もなく無情にもそいつからは淡々と同じ答えが繰り返されるだけだった。
「まあだから、喜んでくれよ? 見事、ⅳ番目の被験者に選ばれたって訳なんだからさぁ」
「なんだ、それ」
「俺もな? 倫理だの道義的にどうだのと、一ミリも思わねえかってえとそうでもないんだけどよ。それもこの〝獲得した機能〟の前には些細なこと。そしてめでたくもその試験の会場に選定されたのがこの田舎町になる訳だ」
確かに、向こう40年以内には人口が5000人を切るとされる地方町。
まさに人目を忍ぶには絶好の片田舎で、現在進行形で執り行われる実験の名を借りた猟奇殺人。
知らず、そして静かに「俺もその死神の窯(ターゲット)」にされていたという事実が、疑問符に埋め尽くされる思考の中首を擡げ始める。
「それでもまぁ、すでにメディアには事件として取り上げられちまってるんだけどよ。いくらこんな誰もいねえようなとこでっていってもな、完璧に情報を統制すんのは現実的じゃぁねえしよ」
――つう訳でよ。これ以上、取沙汰になって検証の遂行が困難になっちまう前に取れる分(サンプル)は取らせてもらうぜ。
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