××者サイド 愉悦ノ下

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××者サイド 愉悦ノ下

 全く、お父さんにも困ったものよね。  いくらモニタリングの数値が落ち着いたからってこう何回も呼び戻されるとさすがに嫌になってくるのですけど?  しかも、こんな見渡す限り大きな都市公園しかないような、それもわざわざ高台のホットスポットになりにくい地形を選んで転校させるとかほんとかってよね。  そんなに気にするのなら県外の学校に通わせたままの方がよかったと思うのですけど……  お父さんが支社長を仰せつかる私達「葛城製薬」の県外進出一社目となる支社がようやく地元での地盤固め・大手薬剤局や医師会との提携並びに交渉事が済んだからって娘を手元に引き寄せなくてもいいのに、  ★★★ 「「「それじゃあ利瀬さん、また明日!」」」 「利瀬さん、では後ほど……私、先に行ってますね?」  ――ええ、皆様また明日。一ノ瀬さんは「例の待ち合わせ場所」でお会いしましょ。  お手入れを一度たりとも欠かしたことのない、ひそかに自慢である亜麻色の髪を結い直していた私の元へかわるがわるクラスメイトが声を掛けていく。  隣接する広域の自然公園をベランダ越しに臨む皎葉高校は、今現在ホームルームが終わり放課後、  特に部活動などには所属していない私は机脇にぶら下がった「一目でブランドものと分かるそれ」を指に掛けると、教室を出科挨拶をしてくる何人かの生徒に手を振る。  放課後の弛緩しきった空気と解放された生徒達のワクワクとした気配が漂う中、さりげに振り向いた私は後ろの窓際であまり目立たぬよう帰り支度をする「一人の女生徒」に目を止める。  一見して地味でおとなしい子というのが私の印象だった。  それは、転入して初日に目についた時から変わらない。  飾りっ気の全く感じられない、野暮ったい厚底フレームのレンズに覗く目は今も伏せ気味で、俯くように黙々と教科書を片付けている。  それがなんだか余計に頼りなく、おどおどとした風に見える彼女は……  ――ねえ、片寄さん。このあとお時間ある?  いきなり呼びかけられたその女生徒は、肩をびくっと震わせると一度だけ私に目を向けてからせわしなく左右を見回す。 「ええっと、その、あの……」  ――ちょうど私の父が懇意にしているマスターのカフェがオープンするみたいでね、試飲会にお誘いいただいているのですけど、よかったら片寄さんも付き合ってもらえないかしら? ああお代なら大丈夫よ? オープンといってもプレオープンということで今日は「特別に振舞って」いただけるってお話だから。  私は至って自然に、ごく普通に聞こえるよう後ろの席の片寄さんに話しかける。 「えっと、でも、私その……」  一段と大きくなる私の声におろおろと、困ったようにその子はもごもごと答えにならない答えを返してくる。  そろそろクラスメイトの注目も集まり始めたところで、とうとう口をパクパクさせるだけとなってしまった「その子」に教室の入り口から声が掛かった。  あ、和香さんちょっといい? さっき搬入されたばっかの書籍整理手伝ってもらいたいんだけど……?」  完全に固まりフリーズしかけていたその子は、まるで図ったように掛けられた助け舟に「う、うん」とイスを鳴らし立ち上がる。  急ぎ教科書を仕舞い込んだカバンを掴んで、その子は私の横を通り過ぎざま「ご、ごめんなさい葛城さん。私、委員会のお仕事入っちゃったから」と小さな声で謝りそそくさと教室を出ていく。  ――あらそう? お仕事が入ったのなら仕方ないわね。  小動物のようにびくびくした態度が庇護欲をそそるのかは知らないですけど、か弱そうに見えるその子はよく他クラスの友達からもかまわれていた。  別に、その子と「同じ中学からの持ち上がり」がいるわけでもないだろうに、どうしてだか彼女を気に掛け手を差し伸べる同級生が多いみたいでした……  ――あら片寄さん、今お帰り?  停留所で帰りのバスを待つ私の隣を自転車を押した「その子」が急ぎ足で過ぎていこうとする。  そんな、じめりとした夜気が支配し始める坂の中ほどには、真っ赤な夕日と共に心地よい風が駆け抜けていく。  沈み込むレンジが反射するレンズの向こうに浮かぶその子の瞳は「私の声」に反応し途端にキョロキョロしだす。 「う、うん。い今帰るとこ、だよ……」  ――そう、わざわざ自転車で駅まで行くなんて大変じゃない? 「別に、慣れてるから」  制服こそ小奇麗さを保っているみたいですけど、彼女の持つかばんはいったいいくつの頃から使っているのでしょうか。  お世辞にも見た目に気を遣う年頃の女の子が持ち歩くものとは思えない。よくて物持ちがいいのね、と言えるくらいだ。  そして何より驚きなのは、ここから主要駅までバスにも乗れず自転車通学しているということですけど……  ――それではまた明日ね、お気をつけて。  逆光を背に受けた私からだんだん遠ざかるその子を見送りながら、私は口の端が上がりそうになるのをなんとかこらえるのでした。
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