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×害者サイド 投棄
「忍(しの)ちゃんや、忍ちゃんやい。なんだでば、おったんでねえかい? こらカーテンも開けんと……ああこれ、お野菜また玄関さ置いとくかんね?」
「……ああうん、また隣の………アリガ、トウ」
またぞの近所に住んでるおばあさんが、毎度毎度やってきては寝てるのもおかまいなしに荷物/野菜を押し付けてゆく。
なんでも、前に住んでた僕のじいちゃんと長い付き合いだったって話だけど、じいちゃん亡き今「それだから」という理由だけでこうも来られるのは正直に言えば迷惑だ。
そもそも僕は「あのおばあさん」と面識すらなかった訳だし、
祖父が亡くなって空き家となったいわきのじいちゃん宅に越してきてから丸5か月、
関東某県の大学を中退してこっちに来てからこの方、ますます昼夜逆転に磨きがかかっている気もするけど。
元々、小学生の頃じいちゃんに量販店でノーパソを買ってもらい(あの頃はCore iシリーズのCPUが積まれだした時期だったかな?)退屈な授業を受けてる午後の時間なんかは、国語そっちのけで頭の中をP言語でいっぱいにしていた。
そんな僕も、今ではすっかりウェブ/ネイティブ共にアプリの開発へ携われるくらいには描けるようになったつもりだ。
現に、単位と引き換えではあったけど開発に参加し食べていける程度にはなったし……
まあ引きこもりは加速したんだけども。
(もういっそ、静カにパチパチキーだけ叩いてられるとこに籠ろう。って思って越してきたはずなのに……)
ふたを開けてみればこの通り、僕が体験したのは「独り」とは縁遠い共同体からの干渉だった。
どっから来た余所者だ? なんてベタな風習、文化があるってことは僕でも聞いたことあったんだけど、
「余所者」が捨てたゴミがちゃんと指定通りになっているか、わざわざ結んだ口を開いてまで中を覗き込んでいる「ご近所さん」と出くわしたその日は、さすがに虫唾が走った。
その朝はちょうど、一回捨てに行ってから家に戻ってきて、まだ捨ててなかったのがあったのを思い出し慌ててもう一度集積所に向かった時だった。
(しかも何故だかそのおじいさん、僕に見つかっても口を閉じて逃げるどころか悪びれもせず睨みつけてきたし)
普通に、何もかもが気色悪い。
でも、それでも僕が知らないところでかってにやる分にはどうでもいい、かまわなかったんだ。
なのに、じいちゃんの知り合いだかなんだか分からないけど、そのおばあさんはやたらと僕んちに来たがる。
偶におばあさんの様子を見に来る息子さん? みたいな人の漏れてくる声を聴くに、どうも軽い認知症入ってるって話なんだけど、
何か直接されたってことは今んとこない。でも、庭にたむろう野良の猫に餌槍をするのはやめてもらいたかった。
隣んちにやってくる野良にかってにあげるだけならいいんだけど、その野良どもがちょうど僕んちの前庭を突っ切っていくもんだからたまったもんじゃない。
餌にありつけると分かってか「どこに隠れてたんだよ」ってくらい時間になると集まりだすし、ニャアニャアと泣きわめくのもさることながら僕の家の敷地に糞尿をまき散らしていくのも嫌だった。
おばあさんに餌槍はやめてくれとはっきり言ったこともあったんだけど、
そうさねえ、そうだねそうだよね。と頷くだけでろくに聞きいれてはもらえなかった。
そのくせ、嫌がらせのように二日に一回三日に一回と、昼前まで寝てる僕を永遠呼んで野菜を置いていく始末。
「クッソ、あのおばあさん……!」
どうせもう、聞こえていないだろうと小さくなっていくその曲がった腰に向かい悪態をつく。
そうしてぼそりと感情を吐き出している僕の足元で、ちょうど「隣の家」から帰りがけの子猫どもが開いたすり戸の隙間をかいくぐり侵入してこようとする。
僕は舌打ちを一つしてから猫を蹴散らし、すぐにピシャリと戸を閉めた。
それから、床板をギシギシきしませ足音荒く奥の作業部屋に戻ると、寝覚め最悪な朝を変えるためデスクトップの前に陣取った。
デュアル? いやいや、トリプルディスプレイにしてある内の一枚。配置してあったアイコンを徐にクリックし画面をある映像に切り替える。
何、僕が息抜きのために映し出したのはここから程ないところにある山間のゴミ山だ。
越してきた当初、冒険心に負けてぐるぐる近場の山を散策した時に発見したお気に入りのポイント。
その名の通り、リース切れの廃棄品から果ては生ごみに至るまでなんでもありな感じに捨てられているみたいなんだけど、
僕のお目当てはただ一つ、わざわざ雨の中カッパを着てまで設置しに行った小型カメラでリアルタイムに撮っている映像だった。
上からのアングルでバッチリ収まるようになった画角には、踏板式の捕獲機に囚われた子猫が弱弱し気に泣いている。
でも、僕が注目したのはそこじゃない。
今朝も幸いなことに、いわき市には強風注意報が出ているみたいだし……
ガタガタ揺さぶられる画角の奥、今日もうずたかく積まれた廃棄物達が風に大きく煽られている。
完全にスクラップと化した風の薄汚れたレンジが、絶妙なバランスで互い違いに積みあがっているのを見ると、逆に感心したくなってくるくらいなんだけど。
半端にしか閉まっていないレンジのドアが風で激しく煽られるたび、僕は今か今かと手前の捕獲機とゴミ達を交互に見やった。
そうして、鳴き声を上げることしかできない猫と雪崩をいつ起こしてもおかしくないゴミ山を眺めながら、僕は留飲を下げるのだった。
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