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収束-4.あんな見つけやすく置いといたんだからな。しっかり持ち帰ってもらわなきゃ、親切にしたかいがないってもんだ!
――みーちゃん大丈夫? ……痛。って、ナニコレ血……? ウソなんで、
また、か。こう何度も夢に見るとなると俺も案外繊細、いやそんなことは冗談にしてもだ。レム睡眠時に頻発してるのを見るに「ひっさびさの帰省だから」とそれだけで片付けてしまっていいもんか。
――なんでなんなの、みーちゃん意識な………ねえ兄さん、兄さんってば!?
あれは、まだ季節も3月でちょうど彩夏の高校入試が終わった晩のことだったように思うけど。
ちらほらと昼間の気温が15度を超えるような日が出てきたっていっても、夕方以降には石油ストーブが欠かせない・極大時じゃなくとも「宵の明星」がくっきり観測できる深夜帯のこと。
「ほら彩花ちゃんも飲みたいって言ってるだろう? 分かったのならつべこべ言わずに取りに行った!」
理不尽なことに幼馴染に言いくるめられるまま、「彩花がほしがってる」っていうのを建前になんでかホットミルクを二人分作りに行かされた直後、
ストーブのきいた居間からわざわざ板っぱりの廊下に出、「宵の明星」を観測していた俺達を唐突に自然災害/隕石雨が襲う。
――兄さん、みーちゃんが……!
みんな大好き! お●しい牛乳をあっため俺がトレーに乗せたマグを底冷えのひどい長廊下へと持って帰りしな、
明らか地震の振動とは毛色の違う「ドンッ、バラバラ」と平屋をぶん殴る衝撃と共に、俺の耳朶にはパパパンと廊下の一面窓ガラスを砕き割る音が連続して聞こえてきた。
ホットミルクがこぼれてしまうなんてこと気にする余裕もなく、トレーをその場に捨て置き脱兎のごとく二人の元に駆けた俺の目に飛び込んできたのは、パラパラと割れ散らかしたガラス片の中で彩花に覆いかぶさるように倒れこんだ美月の背中だった。
加えて、明り取り用に購入したらしいシャレたランタンに照らされ浮かび上がるのは、おでこでも切ったのか瞼伝いに垂れる血と青白い美月の顔。そしてそんな顔と同じくらい蒼白になった彩花が助けを求め美月の下から俺に向かい左手を伸ばした光景。
★★
「嫌な夢見たもんだな」
翌16日早朝、っていうかまだ深夜といっても差し支えないような時間帯。
それでもうっすら白みだしている東の空からは、ぼわっと朝日の気配が近づいてきていた。
障子を突き抜けるようにぼんやりぼやぼや明るくなりつつある寝床で、俺はびっしょり寝汗をかいた寝巻の格好で朝を迎えていた。
体の不調を感じた俺は、あの後すぐさまシャワーだけを浴び床に就いた分けだけど、
それからだいたい6時間弱。バタバタとやきもきするような時間を過ごしたばっかだから仕方ないにしても、起床としちゃ最悪な部類に入るだろう目覚めを味わっていた。
寝汗を吸いビタリと張り付くTシャツに思いっきし顔を歪めてから、気分を変えるため俺はピシャっと障子を開けてポーっと差し込んでくるあさのひかりを全身に浴びる。
そして白む朝焼けを目に焼き付けると、俺は不快な汗を流すべくもう一度浴室に向かうのだった。
(こんな朝っぱらに誰だ……って、美月か)
サックリ冷シャワーで汗を押し流し、手持ち少ない着替えを装着しているとスマートフォンのバイブレーションが鳴る。
8月16日 [04:01:31]
美月:もう起きてるかい?
8月16日 [04:01:59]
彩人:ああ起きてるよ、ちょっと寝つきが悪くてな。っていうかそっちこそずいぶんと早いお目覚めなことで…?
8月16日 [04:02:22]
美月:まあね、だけどどうせすぐ二度寝するし
8月16日 [04:02:49]
彩人:そうかいそうかい。んで彩花の様子は?
8月16日 [04:03:09]
美月:今はとなりでぐっすりだよ。朝になったらそっち戻そうと思ってるけど?
8月16日 [04:03:29]
彩人:それなら少し待ってくれ。大したことないんだけどさ、やや熱っぽくてな
そう返すと間を置かず「熱っぽいって風邪でも引いたかい?」とすぐにレスがつく。
まあ大丈夫だろうけどさ。変にうつすのも悪いし、だからもうしばらく留めておいてくれ。と告げ「オッケー」のスタンプが返ってくるのを見てから俺は、若干頭痛のする頭を抱えたまま玄関先に体を引きずっていった。
新聞配達のバイクが隣の敷地へ侵入していくのを目の端に入れながら、俺はさっきよりも朝の陽光強まる前庭に全身をさらす。
(じゃあまあ、取りに行っちゃいますかね?)
多少ズキズキと痛みを訴える頭を軽く振ると、俺はつい数時間前ボレロで行き来した市道を徒歩で辿っていく。
(ちゃんと昨日の礼もしたかったんだけどな。まさかこんなに早く起きると思ってなかったし……)
スーッと残る深夜の涼しさと、徐々に顔を出す朝日のジリリとした熱気が同居する空気の中をのんびり散歩気分で行くことしばし、
ゆっくりと建物の影が西に広がり始めている商店の前へと俺は戻ってきていた。
「ん、おじさんがやってくれたのかな?」
改め上から下へ店の外観を眺めていると、回収しにきた「彩花の自転車」が分かりやすくガラス戸脇に立てかけてあるのが目に留まる。
昨日は彩花が逃げ込んだ時の勢いで、確かぶっ倒れたまま放置になっていたはずだけど。
俺らが帰った後にでも寄せてくれたんだろうと適当に結論付けて、さっさとハンドルを握り折り畳み式の自転車を引き立てる。
それから、俺はすぐ実家方面に進路を取るとひとまずといった感じに妹の自転車を押し始めた。
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