収束-5.んなにキョロキョロ見回しても見つかる訳ねえだろ!?

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収束-5.んなにキョロキョロ見回しても見つかる訳ねえだろ!?

「なんだ、こりゃ?」  昇ってくる太陽に背中を晒して、着いたばっかの青木商店を早くも去ろうとしていた俺は、ちょっとした駐車場を出て2、3歩もしないうち上げかけた爪先を下した。  っていうのも、「さあて戻るかー!」と俺がハンドルを握り直し自転車を押していこうかとしたその拍子、ちっちゃい折り畳みの車両前面に取り付けられた黒かごから覗く「白い何か」が目に入ったからだ。 (こりゃ確か、あの時のゴミ?)  ピタッと急に足を地面に戻したことで、さっきまでは見え隠れするくらいだった「白いそれ」が一度大きくかごの中を跳ね回る。  そうやって、申し訳程度に設置されたかごの中を舞う「ゴミ」を俺は訝し気に眺める。 (いや間違いなく、美月が捨てに行ったはずだけど……)  すぐにまたかごの底にへなっと張り付いたそのゴミを、俺は時間を空けずに引っぺがすと目の高さまで持ち上げた。  俺の人差し指と親指に挟まれて、しげしげと観察されているその紙切れは、昨日の午後ホームセンターでこの自転車の後輪に絡まってた奴と同じに見えるけど……  材質は、美月が言ってた通り半紙っぽいな。  あれでも、美月が摘まんでたのは腰から下を象った感じの紙人形? じゃなかったっけ。  言うほど美月の手元注意して見てなかったからあれだけどさ、記憶が確かなら今持ってるのとは部位・形状が違かったはず。  片や、俺の指の間で挟まれたこいつはといえば「丸っこく切り抜かれた両手」を天高く突き上げるように伸ばしている。  それに腰元から上。っていうか明らかバンザイだと分かる格好をしている時点で昨日の人型とは別物なんだけども。 「確かに、気味が悪いな……」  指同士をこすり合わせ紙質を確認していた俺は、顔から離すように摘まみ上げていた半紙を何の気なし握りつぶそうとする。 「っていうか、まさかな」  その寸前、手のひらに加えようとしていた力を俺ははたと抜いた。  自販機近くのダストボックスにそのままシュート……しに行ってもよかったんだけど。  なんの変哲もない。っていうには無理があるか、そもそも「元が人の形」をしているんだとしたらそれをわざわざ半分に切り分けてる時点で奇妙ではある。 (まさかこれ、彩花を追い回した奴が置いてってるとかじゃないよな?)  何の脈絡も関係性もなく、単なる思い付きが俺の頭を支配する。 (だとしたらいつからだ? 昨日彩花と出かけててそんな妙な動きしてるの見た覚えはないけど。……偶々、目についたから付け狙われたって訳じゃあないのか?)  もしかしたらただ「偶発的に起こった犯罪」に巻き込まれただけではないのかもしれないという嫌な想像が不意に俺の中を駆け巡った。 (そういや昨日のには髪の毛、も引っかかってたはずだよな?)  悪寒にも似た焦りに背化されるまま、咄嗟に俺は黒かごの中を改めた。  いやさすがに毛髪はなさそうか、と念のためタイヤも点検して最後に手持ちの半紙をパタパタと振ってから、再び「気色悪い紙切れ」をじっと見つめる。 (美月が捨てちまったのは……さすがにもう店側で処分されてるかな? 指紋でも残ってればワンチャンって思ったけど、まあまだただの悪戯かもしれないからなんともな) 「とりあえず警部補さんに連絡、相談だけでもしてみるか」  そう考えたところで俺は、微妙に入っていた肩の力を抜くとその紙切れをポケットのハンカチで包んだ。  遠くまで見ようとせずとも代わり映えのしない田園と、すっかり顔をのぞかせた朝の光が照ららすはげたコンクリの車道を俺は一瞥する。  ミーンミーンといつの間にやら泣きわめいている蝉の量が増えているのに気付いたところで、片手できつく握りしめてしまっていたハンドルをようやっと押し始めた。  ◇  初めのうちこそ自転車を押して歩いていた俺だけど、「彩花合わせで買った折り畳み式だから」っていっても別に乗れない訳じゃあないので早々に妹の自転車を借りることにした。  まあそれでも、さすがに華奢な彩花用に選んだ自転車ってのもあってペダルは踏みにくいしで少し無理があるんだけど。  そこから俺のド正面にずっと見え、鎮座している小山群がある方を目指し自転車を乗りこなすこと数分、  T字路手前、うちに続く小道へ入ろうとしたところで俺は「ある約束」を思い出しハンドルを切るのをやめた。  そうして、そのまま直進した俺は左奥のお山を迂回する位置取りで県道へと侵入していった。 「……あっぶな!」  県道に合流した俺を、途端にビュンビュン飛ばしまくる重量級のダンプやトラックが出迎える。  この県道、いったん入ったら次の信号まで数キロとかざらだからな。法定速度何それおいしいの? 状態で走らせてくるのも多くて普通に危ない。  しかも車道とを分ける白線もほとんど消えかかってるしで、歩道の幅も狭いから余計気を付けないと……  って、思った傍から今通貨してったトラックに煽られバランス崩しかけたんだけど。  ちっちゃいサドルに跨った上半身をやや強張らせ、おっかなびっくりといった感じに俺は県道沿いを進んでいった。 「まあじいさんのことだからな、こんな朝方でももう起きてるだろ」  そう呟く俺が県道に沿って広がる野山の下を滑らせていると、ただでさえ狭っこい歩道なのに山側から伸び放題となった枝先が時たま突き出てくる。  右からは車に煽られ左からは仕掛けられた枝っ葉トラップを回避したりと、無駄に神経をすり減らすような時間を味わっていた俺の目の端に、突如として「ぽっかりと開けた空間」が映り込む。  山の中に入り込む形でできたそこには、一面石砂利が敷き詰められノの字を描くように上の方へと坂が続いていた。 「おはようじいさん、やっぱり起きてたか」  俺はクラクションの鳴る県道から、上げた目線の先「目的の人物」を発見した傾斜の緩い坂道へ進路を変える。  ガタガタとちっちゃな車輪で石っころを弾き飛ばしながら、後ろに野山を抱くじいさんちの瓦屋根がある方に自転車をこいでいく。 (あれだけうるさかったダンプの音がしなくなるってのも不思議なもんだな。ちょっと入ってきただけなのにさ)  そんなたわいのないことを思いつつ目線を挙げてみれば、野山に阻まれ完全にはまだ朝日が刺してこない縁側で、いつもの草刈窯スタイルのじいさんが驚いたように目を見張る。 「おう彩人でねえか。どしたこなげな朝早くに……?」 「いやこんな時間にはこっちのセリフだけどさ。何、昨日言ってた手伝いをしにな」  ああそなげなことも言ってたかねえ? としわの刻まれた額をぺちんとはたいてから、じいさんはよっこらせと縁側に据えていた尻を挙げる。  俺は玄関前まで上がってき縁側横に自転車を止めると、改めじいさんの姿をまじまじと見た。  屯所や秘密基地でもそうだったけど、出合頭に軽くしゃべっただけだからな。  その時はあんまり、っていうかこうやって見ても一年くらい前の記憶とも変わらないように思えるけど。  今ももたつくことなくすっくと足を延ばした動作からは、これといったぎこちなさも見受けられないし…… 「そんならさっそく手伝ってもらおうかない?」  そうニカッと笑むや、たぶん俺より10センチくらい背丈の高いじいさんは、無造作に作業着のポッケへ手を突っ込んで軍手を一双取り出す。  それと同時、じいさんの足元に置いてあったバケツも合わせて俺に渡してきた。 「んでどこをやるつもりだったんだ?」  受け取ったバケツを肘に下げ、こなれた感じで軍手をはめる俺に「……そうさな」とひと呼吸置いてからじいさんが庭をぐるりと見まわす。  少し考えるような素振りを見せてからじいさんは、俺が自転車でやってきた邦楽を指し示した。 「うちの裏っかわはあらかた片付いたんだけどもな。まだ塀沿いんとこは引っこ抜けてねえからそこらをちょろっとやってもらおうかね?」  基本的に、じいさんちは家の門とかもなくて玄関までは緩やかな坂の砂利道が続いてるだけなんだけど、  それ以外の車道と庭先を境する場所には高い石塀が並び、中が全く覗けないような造りとなっている。  そしてある程度整備された家の軒先と違い、日陰ができるような石塀の下にはところどころ土がむき出しとなっている個所があり、ここからでも雑草が生えっぱなしになっているのが見える。 「オッケー、じゃあサクサクっと済ませてくるわ!」 「ああよろしくない。おらげはその間蔵さ行って中掃除してくっからよ」  それだけ言い置くと、じいさんは縁側を回り込んで家裏に姿を消した。  それを見送ってから俺は「さあ、やっちゃいますかね」と肘をまくり気合を入れる。  その勢いのままに、俺は今さっき昇ってきた砂利道をたったと駆け下りていった。
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