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「とにかく、このまま何も手を打たなければいずれ王太子妃ルートに乗せられて国を経営させられてしまうわ」
私はうちの仕事に携わりたいのにっとシルヴィアは断固拒否を訴える。
「シル様優秀ですもんね」
会社どころか一国経営。私の義妹はスケールが大きいなーと微笑ましげにベルは笑う。
「そう、地味にしていても目立ってしまうのよ。私、可愛い上に有能だから」
ほうと物憂げにため息を吐くシルヴィア。
ルキがこの場にいたら、
『シルは謙遜をどこに置いてきてしまったんだろうか』
などと言って頭を抱えそうだ。
「と言うわけで、私悪役令嬢を目指します」
最近流行りの小説を片手にシルヴィアは義姉の前で高らかにそう宣言する。
「なるほど、ここで冒頭の宣言に回帰するわけですね」
そう言って頷いたベルは、
「でも、どうして悪役令嬢なんです?」
と楽しげに尋ねる。
「え? だって悪役令嬢って王子様と破局して幸せになるじゃない」
シルヴィアは小説をぎゅっと抱きしめ、
「いいなぁ。当て馬からの自分を見つめ直して自立! カッコいい」
と賞賛する。
昔からシルヴィアは大衆向けの小説がお気に入りだったが、最近は悪役令嬢モノにハマっているらしい。
「ふふ、シル様らしいですね」
相変わらずシルヴィアは感受性が豊かだなと思いつつ、
「ところで悪役令嬢に憧れる理由はそれだけですか?」
とベルは静かに尋ねる。
「……って、いうと?」
「他に理由があるのではないかしら、なんて思いまして」
ベルはアクアマリンの瞳でシルヴィアの気持ちを掬い上げるように尋ねる。
シルヴィアはこのアクアマリンの瞳の問いかけに弱い。
「……穏便に、済ませたいのよ」
彼女なら絶対どんなことでも笑わずに聞いてくれると信じられるから。
シルヴィアはいつもベルには本音をこぼしてしまう。
「私、随分恵まれている方だと思う」
公爵令嬢としてはありえないようなやりたい事をたくさん経験させてもらった。
きっと、ベルと出会っていなければ手を伸ばすどころか知ることすらなかっただろう世界。
「叶うなら、私も自分の力で身を立ててみたい。ベルやお兄様みたいに」
周りがなんでも許容してくれるから、シルヴィアはたまに自分が公爵令嬢なのだと忘れそうになる。
でも、今回の事で嫌になるほど思い出した。
「どれだけ自由を手にしても、お兄様やベルに甘やかしてもらっても、やっぱり私は"公爵令嬢"なんだな、って」
公爵令嬢である以上、もし王族から正式に婚姻の打診があれば断れない。
それが国の利益になる相手なら尚更。
ルキは自分の外交手腕で損失を埋められるだけの責任を果たしたけれど、今のシルヴィアにそれはできない。
「私でも……公爵家の名と立場の重さは、分かるから」
貴族令嬢として何不自由なく育ててもらった。
その代償はシルヴィア自身で背負わなくてはならないのだと分からないほど、シルヴィアはもう子どもではない。
「もう、子どもみたいな癇癪は終わりにしなきゃね」
シルヴィアはもうすぐ18歳を迎える。
すでにデビュタントは終えた。18の誕生日を迎えたら、そこから先はもう大人として振る舞わなくては。
目を伏せたシルヴィアの耳に、
「悲しいですねぇ」
やや大袈裟な口調でそう言ったベルの声が届く。
「私これでも公爵家に嫁いで以降、随分社交にも力を入れ、妻としてまたあなたの義姉として、女主人となるべく励んできたつもりなのですが」
シル様の評価はお厳しいですねぇと肩をすくめてそう嘆く。
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