2人が本棚に入れています
本棚に追加
「私、ふと思ったの」
サクラと出会ってから、九年ほどが経過したときのことだ。
病室にいる彼女が不意に改まったように口を開いた。
「もしも私と君の脳みそのいいところだけを切り取ってくっつけることができたら、一年中意識を保ったままいられるんじゃないかって」
当時の僕らは高校一年生だった。周囲の人間が当たり前の中学を卒業し、普通科の高校に進路を決めている中、僕らは通信制高校を通わざるを得なかった。
普通の人が送るような青春を送れない自覚はお互いにあった。だからこそ、サクラはそういったないものねだりをしたくてたまらない気分になったのだろう。
そんな彼女に僕は言った。
「きっと、やめておいたほうがいいと思うな」
「どうして?」とサクラは首を傾げる。
「だって、逆だったら悲しいだろ?」
僕が言うと、サクラは「確かにそうだね」と言って楽しげに笑った。
お互いに、ほんの冗談のつもりだった。
けれども、数年後、僕らが高校を卒業する直前になって、その冗談は半ば現実味を帯びてくるようになる。
脳の部分移植。僕らの担当医が提案してきたのはそんな治療法だった。
僕らの知らないところで、医療は目まぐるしい発展を遂げていたらしかった。他人同士の脳みそを継ぎ接ぎにして一つの新しい脳みそを作ってしまうなんて技術は、とうの昔に発明されていたようだった。
当然、僕らはその治療法に飛びついた。
だが、一つだけ問題があった。ドナーになってくれる人が誰一人としていなかったのだ。
当たり前といえば当たり前だった。正常な脳みそを赤の他人に譲渡してくれるような度が過ぎたお人よしはこの世界には存在していなかった。
そこで、担当医はこんなことを僕らに持ち掛けてきた。
「サクラさんの脳みそと楓真さんの脳みそをくっつけて、一つの完全な脳を作ってしまうのはどうだろうか?」
どうして彼がそんな提案を投げかけてきたのかは、僕にはわからなかった。
いくらサクラがレシピエントだろうと僕は彼女に脳を提供する気はなかったし、それはサクラにとっても同様だった。
なにせ、僕らは一度も完全な形で四季を過ごしたことがないのだ。そんな人生のまま、他人に自分の人生を譲渡するなんてできるはずがなかった。
自分ですらそう思ったのだ。そりゃあ、脳みそのドナーをしてくれる人間なんて現れるはずもないだろうな、と僕は妙に納得した気分になった。
担当医がその提案をしてから数日後、再びサクラは長い眠りについた。その日から、僕はまたサクラが目覚めて自分が目覚めるまでの途方もない一年を過ごさなければならなかった。
そして、次に自分が眠りから目覚めたとき、僕は驚愕の事実を伝えられることになった。
僕が眠っている間に、サクラは僕に脳を提供することを承諾したらしかった。
最初のコメントを投稿しよう!