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目が覚めてその事実を知った僕は、すぐにサクラのことを問い詰めた。
「どうして突然、僕に脳みそを提供する気になったんだ?」
必要以上に取り乱していたのはレシピエントになった僕の方で、ドナーであるサクラは妙に冷静だった。だが、それはただ繕っていただけに過ぎないのだということを僕はすぐに理解することになる。
「だって」と彼女は言った。「私はもう、春以外の季節を生きられる気がしないもの」
ベッドの上で窓を眺めたまま、サクラは口だけを動かしていた。
「私は知らないけれどさ、夏っていうのは今よりもずっと暑い季節で、冬っているのは今よりもずっと寒い季節なんでしょう? 秋は今と同じくらい穏やかな気候だけど、木々の色はピンクじゃなくて赤や黄色に変わっていく。それが私には情報量が多すぎて、うまく生きていけないと思うの。だから、どうせならこの脳みそ、あなたにあげちゃうよ」
徐々に震えてく声色から、それが嘘だということは明白だった。
きっと自暴自棄になっているのだろう、と僕は思った。どうせ、普通に生きていても、自分は春の三ヶ月間しか生きていられない。普通の人と比べて人生を四分の一しか生きられないのだから、いっそのことこの三ヶ月さえも捨ててしまえばいい。そうサクラは思っているのだろう。
そして、この世界に少しの未練も残さないために、彼女はこうやって思ってもいないことを語ったのだ。
サクラだって、夏も秋も冬も生きてみたいに決まっている。春だけを生きたことがない僕は、そんな彼女の思いを三分の一くらいなら理解してあげられた。
だが、だからと言って、僕が彼女の選択を止めようとすることはなかった。
だって、彼女が脳のドナー提供を承諾してくれれば、僕は四季の全てを股に掛けて人生を生きることができるのだから。
まともに生きたいという欲望が、僕の判断力に致命的な欠陥を作り始めていた。
その欠陥を修復できないまま、数日が過ぎる。
月日はちょうど一週間ほど流れ、サクラが再び眠りについてしまう日が明日にまで迫っていていた。
長い眠りが、永い眠りへと姿を変えようとしていた。
それでも僕はまだ、自暴自棄になり始めているサクラを止めようとすることはなかった。
蜘蛛の糸にしがみつくみたいに、僕は目の前にある完全な人生に執着していた。
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