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13
「リュシオン様、私も償いといってはなんですが全力で後宮を整えさせていただきます。そして、ジゼルをエリー様付にしていただきたく思います」
「ジゼルはこんなところで燻っていていい人じゃないです。もっと――」
僕はジゼルを縛りたくなかった。
「そなたの跡継ぎにすればいいのではないか? 人は血だけでなく家も継いでいくのだろう?」
リュシオンが宰相に提案する。確かに姉を跡継ぎにされると色々と面倒そうだと僕も思った。
「いえ、……確かに娘しかおりませんが」
「お父様は、私を自分の娘でないと思っているのです。だから……」
「ジゼル!」
「本当のことではありませんか――。私は家など継ぎたくありません。跡継ぎが欲しければ、まだ若いのですから後妻をもうければよろしいのです」
宰相はジゼルが気にしていたことを知らなかったのだろう。顔を赤くして青くして、俯いた。
「娘だろう。同じ匂いがするが?」
「え……?」
宰相とジゼルはリュシオンを凝視して言葉を失った。
「娘だな。これほど濃い血の繋がりならば、母も血が近いのではないか?」
「妻は……、再従姉妹ですが――」
「リュシオン、血の繋がりがわかるの?」
「普段は気にしないが、集中すればわかる。エーリッヒと母も同じ系統の匂いがするからわかる」
親子だとわかって二人は力が抜けたように見つめ合っている。確かにこの顔は似ているかもしれない。
「私の家系は皆同じ色の髪色だったのです。娘が赤い髪で生まれて、私は愛していた妻が私を裏切ったのではないかと思っていました。言葉にしたことはなかったのですが、妻はわかっていたのかもしれません。娘を見る度に私は妻を無言で責めていた自分を思い出して……、遠ざけてしまいました。ジゼル、君が決めなさい。家を継いでくれると嬉しいけれど……」
家系が皆同じ色というのは、あながち間違っていないかもしれないけれど、ジゼルのように生まれた子は里子に出されたり毛色を染めていたのかもしれない。
ジゼルはしばらく俯いたままだった。顔をあげた彼女の目は覚悟を決めたように見えた。
「私はエリー様にお仕えいたします。家はお父様が自分で考えてくださいませ」
ジゼルが有能なのは知っている。気心も知れているし、ありがたいけれど……と悩んでいたら、リュシオンが了解してしまった。
「好きにしろ。辞めたくなったら辞めればいいだけだ。私としては、二人が仲がいいのであまり側に置きたくはないがな……」
リュシオンの言葉の意味はわからないが、ジゼルの好きにできるとわかって僕も頷いた。
「私がエリーのことを好いていると思ってヤキモチをやいてらっしゃるのよ。そういうのじゃないんですけどね」
ジゼルは僕付きの側仕えになることに決まった。
リュシオンは後宮を修復しに行くと言って出ていった。傾いた柱や、梁はリュシオンでないとなおせないけれど、調度品を入れ替えるのは宰相のほうが向いている。これからのことを相談している二人の間に険悪な雰囲気がなくなっていた。
後宮に重い物を運ぶ男手を入れていいかと聞かれたリュシオンは「別に次の竜が来るまで女を揃える必要はない。人は女ばかりでは子が作れぬであろう」と普通の城と一緒にしていいと後宮の解体を決めた。
そして、僕とジゼルはリーゼバルトに案内されて番様にお会いした。
「まぁ、男なのね。始祖竜様以来ではないかしら?」
「始祖竜というとこの国の建国の? 始祖竜様の番様も女の人だと思っていました」
「珍しいのよ、男を選んでもすぐに番にすることができないかしらね。私はアラインよ。リーゼバルトの番になってから三百年ほどたつわ」
フワフワした黒の髪に緑の瞳の綺麗な人だ。僕と同じくらい、二十歳を超えたかどうかに見える。黒髪は南の国に多いけれどこの国では珍しい。女性らしい丸い肢体を包むドレスは鮮やかな赤色でとても似合っている。
「竜のことをどれくらい知っているのかしら?」
そう聞かれて僕は言葉に詰まった。
「リュシオンのことなら……」
多少はわかっていると思う。
「特に勉強はしてないのね。いいのよ、何を喋っていいのか知っていることが何かを知りたかっただけだから」
はっきりきっぱりしているところは少しジゼルと似ている。
竜の番になると人は年をとらなくなるのだそうだ。
「竜の生を半分与えるというのはそういうことですか」
「そう、簡単に言えば、人でなくなるということね。まさか私も卵を産むことになるとは思わなかったわ。あなたなんて男だから余計そうでしょ?」
確かにそうだ。
「私は卵を三度身籠もったけれど、ある程度大きくなると卵のまま産まれてきて竜の洞にうつされてしまうから……。竜は大地の気を受けてあの素晴らしい力と身体を得るのですって。成竜になるまで基本的に竜は群れをでることを許されないから、次に子供に会えるのは大人になってからなのよ。小さい時を見られないのが一番残念だわ。雛で群れを離れるのを許されるのは、力を蓄えてある程度制御できるようになってからなのですって。リュシオンは竜の中でも特に優れているのだとリーゼが言ってたわ。あなたの竜は素敵ね。リーゼの次にだけれど」
アラインはリーゼバルトへの愛しさを隠さず惚気た。
「僕は竜に関しても国に関してもよくわからなくて……」
リュシオンの番様になるとは想像の範囲を超えている。
「あなたは真面目ね。竜の番として一番大事なことは、国のことを考えることでも卵のことを考えることでもないの。番である竜をいかに愛するか、愛されるかなの」
「愛されていればいいのですか?」
思わず訊ねてしまった。僕は竜の番様は頭が良くて、性格も良くて、何でも察することのできる凄い女性がなるものだと思っていたから。
「竜の力は巨大でしょ? 制御できなくなったときが一番恐ろしいわ。竜自身で抑えられるとは限らないから。私はもうすぐいなくなるけれど、リーゼは平気なはずよ。私はリーゼに愛を注がれて、愛してきたわ。いなくなっても気が触れたりしないはずよ」
「それは……」
二人の終焉を示唆されて僕は言葉を失った。
「番を亡くした竜はそれはそれはショックを受けるの。でも、愛し愛された記憶が救ってくれるわ」
「亡くなるって……でも」
リーゼバルトもアラインもまだまだ若くて元気にみえるのに。
「もうリーゼの気を受け付けることができないの。三年くらいかしらね……」
思っていたより猶予があって、少しだけホッとした。今すぐということではないようだ。
「ね、まだ初夜の用意をしていないのでしょう? すぐに脱がされるとは思うけれど、私から贈らせてくれないかしら? 私には似合わないけれど、清楚な感じのあなたには似合いそう」
清楚といわれても困るが、初夜というものに用意がいるのなら是非いただこう。自分で用意出来るとは思えない。
明日こそは、リュシオンに服を脱いでもらいたいのだ。アラインのお勧めをもらって、ジゼルに髪を整えてもらって(先にリュシオンに連絡してもらった。もう地震は勘弁だよ)身につけた薄絹は、サラリと肌を滑るように流れてドレープを作った。
「似合っているわ。でも明日は下着をつけては駄目よ」
「え……あのどうして?」
「拒まれていると勘違いした竜がいるんですって……。竜ってちょっとお馬鹿なところがあって可愛いわよね」
僕はどう答えていいかわからなくて話を戻してみた。
「これは薄すぎませんか?」
「困った顔のエリーも魅力的ね。しばらく籠もって出てこないのではないかしら? お食事をとらないと人は死ぬとリュシオンは知ってる?」
きっとアラインも死ぬ思いをしたのだろう。僕も身に覚えがある。
「大丈夫です。知ってます」
まぁ! と驚いた顔をみせた次の瞬間ニヤリと微笑み、アラインは僕の肩を叩いた。
「いつでも愚痴は聞いてあげます」
この後も彼女は善き先輩であり、善き友人になってくれた。竜に対する愚痴など他の人には言えないからありがたかった。その日はアラインと食事をとり、色んな話をした。アラインはこの国の生まれではなく南の国の王女だったそうだ。魔術師と生まれて竜を得たくてこの国に来たそうだ。
「この国に住むことになるなんて思ってもみなかったわ」
アラインの微笑みは記憶の日々に向かっていたのだろう。少し疲れたような、自嘲気味なものだった。
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