生徒会長視察の件

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生徒会長視察の件

 生徒会室を出た本田千晶は、副会長や書記、その他の面々を伴って颯爽と廊下を歩いていた。行く先は言うまでもなく、一年C組の教室だ。  急ぐでもなく、慌てるでもない、その姿は凛然としている。  そんな会長の行進を目の当たりにした一般生徒たちは、慌てた様に廊下の端へと寄り道を開けている。見ようによってそれは、正しく大名行列だろうか。  無論、当の千晶にはその様な特別意識は無く、普段通りの行動でしか無かったのだが。  本来ならば、現場での確認作業にこのような大人数で赴く必要などない。千晶一人が向かえば、全て簡単に決した事だろう。  それでも彼女が複数の生徒会員を引き連れたのは、学園の今後を考えての事だった。  3年生である千晶は、来年にはこの学園を卒業する。その後の学園運営は、当然ながら彼女の後輩たちに委ねられる事だろう。  千晶が生徒会に参加してよりは、という事だろうか。  様々な問題が起こる生徒会活動も、千晶の優れた対処能力、そして組織の運営能力とそのカリスマで、殆ど1人で解決へと導いて来たのだ。  半ば伝説と化すような千晶の偉業だが、それが遠因として後輩が育たないという支障を来していた。  いや、実際は彼女の能力に引っ張られる形で、個々の力量は引き上げられている。ただ千晶の才覚が高過ぎて、そんな彼女と比較される下級生たちにも高い能力を求められていると言うだけの話なのだが。  だから最近の千晶は、殆どの仕事を副会長以下の後輩に任せる様にしていた。  それでも、今回のように判断の難しい事案が発生した場合は、彼女自身が取り組み解決しようとすると同時に、出来るだけ後輩を引き連れて取り組むようにしていたのだった。  ―――きゃあああぁぁっ!  千晶が目的地である一年C組へと近づいたその時、室内から大勢の女生徒に依る悲鳴が沸き起こった。  怪訝な表情を浮かべて思わず足を止めてしまった千晶だが、冷静に考えてその後の雰囲気を鑑み、先ほどの叫声は歓声に他ならなかった事に気付いたのだった。  ただそうすると、やはり千晶の脳裏にも疑問と興味が湧きおこる。何が起こっているのか確かめるべく、千晶が開いているC組の扉の前に立つと。 「きゃああぁぁっ! 千迅、かっわいいぃっ!」 「紅音もっ! 紅音も似合ってるわぁっ!」  再びが沸き起こった。そして今度のそれは、明らかに個人名とその理由を口にしたものだった。  教室内を覗き見た千晶の眼前には、レーサースーツに身を包んだ千迅と紅音、貴峰と沙苗、そしてその他数名の女生徒の姿が確認出来たのだった。 「か……可愛い? そ……そうかな?」 「そりゃあ、殆ど毎日着ているんですもの。似合っているのは勿論、堂に入っていると言う事なんでしょうね」 「まぁ、私たちは兎も角、他の子たちも確りと似合ってるわね」 「うん。これなら、ライダーズメイドカフェも成功するかもね」  千迅達が身に付けているのは、色取り取りのレース用ライダースーツだ。無論最新式などではなく、数年の型落ちではあるのだが。 「で……でも、ちょっと恥ずかしい……かな?」  それでもピッタリとボディにフィットする仕様は変わっておらず、その身体のラインが浮き彫りとなるスーツに、千迅たち自動二輪倶楽部員以外の生徒達は恥ずかしそうに身を捩っていた。  昨今のライダースーツは、素材はどんどんと薄くなっている半面、耐衝撃性や耐擦過性は高くなっている。これにより、より空気抵抗が低くなりライダーも動き易くなっている。  ただし、薄手の素材を使用するという事は、それだけボディラインが浮き彫りとなる。特に近年のライダースーツは、殆ど身体の曲線や凹凸を明確とさせていた。故に、市販の物はある程度の厚みを持たせて販売されているのだった。  そして今、千迅達が身に付けているのはレース用の物だ。慣れている千迅達は兎も角として、そうではない同級生達が照れるのも無理のない話であった。 「何を大騒ぎしているのかしら?」  教室内に入り、千晶はいきなり詰問するでもなく、まずは状況の説明を求めた。  現況を見れば大体の事由は想像出来ているのだが、それもあくまで千晶の想見でしかない。確りとした説明を求める必要があれど、まずは事実確認を優先したのだった。 「あっ! 本田先輩っ!」  その声に、のは千迅だった。その表情は明るく、嬉しそうでもあり恥ずかしそうでもある。  因みに彼女以外の面子は千晶より視線を逸らし、どこかバツが悪そうな風情を醸し出している。貴峰などは、小声で「部長が来ちゃったかぁ……」などと呟いていた。 「先輩っ! どうですか、これ?」  そんな空気を読まずに……と言うよりも、そんな空気が流れている事など全く気付かずに、千迅は満面の笑みで千晶の元へと走りよると、その姿を見せる様に彼女の前でクルリと一回転して見せた。 「え……ええ」  そして千晶は、そんな千迅へどう返答するものかと戸惑ったように声を出すだけで精一杯だったのだった。  その様な千晶を見るのは恐らくは初めてなのだろう、後ろの控える生徒会員たちもまた、困惑した色を隠しきれていない。  千晶が動揺するのには、それなりに訳もある。  千迅の、そして紅音達の格好が普段のライダースーツであったならば、千晶もそれほど驚きはしなかったであろう。毎日見慣れているのだから、それも当然と言えば当然だ。  そして、いつもとはやや趣の違う格好であったからこそ、千晶も言葉に詰まっているのだった。  千迅達が身に付けているのは、レース用のライダースーツ。これに間違いはない。しかしそれと併用して、ライダースカートを纏っていたのだ。  ライダースーツにライダースカートという組み合わせは、市販の物であればそれほど珍しいものでは無い。  前述通り市販の物もどんどんと生地が薄くなっており、身体のラインがハッキリと出てしまう仕様には利用者も照れがあった。特に上半身は薄手のシャツでも十分に隠せるものの、下半身はそうはいかなかった。故に、レザー地のライダースカートやパンツと言ったものは、市井では男女とも割とポピュラーに使われているものだったのだ。 「随分と……可愛らしい恰好ね?」  当然、千晶もそんな事は理解していた。それでも、思わず困ったような失笑を浮かべた千晶は、千迅へと感想を述べた。というよりも、そのまま反問したような格好だ。 「えっへへぇっ! ありがとうございますっ!」  だが、さすがは千迅というべきか。千晶の口にした言葉の意味を察することなく、千迅は喜びの笑みを浮かべて、再び千晶の前でクルッと回転して見せた。それに合わせて、千迅の身に着けているスカートが。  千迅の……と言うよりも、その場にいてライダースーツを着用していた者たちは、全員千迅と同じようなスカートを身に着けていたのだった。  基本的にライダースカートは、屋外でのアクシデントにも対応出来るように丈夫な素材で作られている。一般的によく知られているのはレザー地だろうか。  厚手であり劣化が少なく、衝撃や擦過にも強く、悪天候に晒されても傷みにくい。しかしその性質上、軽やかに舞うような柔らかさを持ち合わせてはいない素材である。  そう、千迅たちが纏っていたのは一般的なライダースカートではなく、柔らかい生地で仕立てられたものだったのだ。  一見すればそれは、チアリーダーが着用するララスカートだ。薄手の布地を使い、彼女たちが動く度にヒラヒラと裾を跳ね上げるとても可愛らしいものだった。  しかもそのデザインはメイドを意識しているのだろう、それぞれのライダースーツと合わせた色合いが使われ、裾にはレースをあしらってある。正面にはポケットが付いており、メイド服にもエプロンともとれる意匠が凝らされていた。そのコーディネートにより、上手い具合にライダースーツが給仕服仕立てとなっている。  それだけではなかった。彼女たちが頭に着けている飾りは、いわゆるメイドの着用しているホワイトプリムではない。どこか近未来を思い浮かばせるイヤーマフに、カチューシャの部分には色付きのクリア素材が使われていた。これは、見様によっては簡易的なヘルメットに見えなくもない。無論、それを意識しての組み合わせだろう。 「なるほどね。その姿で給仕を行うカフェを運営したいという事なのね?」  はしゃぐ千迅と、やや恐縮して隅に固まっている紅音たちに一通り目をやった千晶は、小さく嘆息してポツリとつぶやいた。それは、誰に向けてといったものではない。  だがしかし、そんな千晶からは、これまでにない雰囲気が漂いだしていたのを、その場の千迅以外の誰もが察していたのだった。
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