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「それなら仕方ないわね。夜は何が食べたい?」と聞くと、「そうだな。やっぱりコロッケかな。母さんのコロッケ絶品だから」と和希は答えた。
「わかった。ジャガイモがないから、買い物に行ってくるわね」
和希のリクエストに、房子は急いで近所のスーパーにジャガイモを買いに出かけた。
房子のコロッケは、今は亡き義理の両親から教わった特製コロッケだ。
牧夫の両親は地元で小さな惣菜店をやっていて、特に手作りコロッケが人気だった。隠し味に麺つゆと練乳を使っていると、無口な義父に代わって義母が教えてくれた。
房子はどうしてもと頼んで、義父から作り方を伝授してもらった。口数こそ少ないものの、義父は丁寧に教えてくれたっけ。それも懐かしい想い出だ。
牧夫がサラリーマンになり店を継がなかったので惣菜店は廃業したが、今でも『あのコロッケが食べたい』と地元新聞の読者投稿で見ることがある。そんな義両親直伝のコロッケは、和希の大好物だった。
しかし……。
「ただいま」
スーパーから帰ると、奥から言い争う声が聞こえた。
「いったい、どうしたの?」
房子が慌ててリビングルームに行くと、父子で向かい合って黙り込んでいた。
「和希が内定を蹴って、芸人になると言ってる」
牧夫がむっとした顔で言った。
「え? 芸人?」
大学四年の和希は誰もが知る一流企業の内定をもらっていて、来春入社予定だった。いい所に決まって良かったと夫婦で喜んだものだ。
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