1. 最後の夕食

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「大学のお笑いサークルで人を笑わせる楽しさを知ったんだ。若いうちに挑戦したい」  和希は真面目な顔で言う。  聞けば、お笑い芸能事務所の養成所に入りたいと言う。 「今さら、内定をもらった会社に失礼だろう」  牧夫が言う。 「それはちゃんとお詫びして辞退するつもりだよ」 「社会はそんなに甘くない。売れるとは限らないし、まずその養成所の試験に合格するかもわからない」 「やってみなければわからないじゃないか!」  和希は声を荒げた。  普段、穏やかで聞き分けの良い息子が父に抗う様子に、房子は驚いていた。  けれども……。ママ友達に、和希の内定先を教えて、「すごいわねえ」と言われたばかりだった。今さら、お笑い芸人なんてーー。 「就職して、働きながらやったら? 折角いい会社に内定もらったのにもったいないわよ」  思わず房子は口を出した。 「そんな中途半端はできないよ」と和希に、「そんなの会社に迷惑だろ」と牧夫に言われてしまう。 「もういいよ」  和希は立ち上がった。 「今日は帰る。また話に来るから」  バスの時間までどこで時間を潰すつもりなのか、和希は夕飯を待たず、荷物を取ると家を飛び出して行った。  事故は翌朝、新宿駅で夜行バスを降りた和希が、電車で自宅のある駅に戻って起きた。  警察によれば、コンビニ前の横断歩道をコンビニ側に渡ろうとして撥ねられたそうで、朝食でも買おうとしていたのかも知れない。  あの夜が最後になるんだったら、引き留めてコロッケを食べさせてやればよかった。  房子は悔いていた。  死んでしまうのに比べたら、立派な内定先を蹴るのも、お笑い芸人になるのも、全然よかった。  あの時、母親の見栄で、和希の夢を否定するようなことを言ってしまった自分を後悔していた。
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