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7月、今日から夏の甲子園への切符をかけた県大会が行われる。高校球児は様々な思いを胸に、甲子園を目指して挑む。3年生は負ければ引退で、部員との別れに涙を流す。彼らとともに、後輩も涙を流す。
東北の山村にある村山高校(むらやまこうこう)もそうだ。村山高校は生徒数の減少により、今年度での廃校が決まっている。寂しいけれど、時代の流れなんだと誰もが言っている。
成田孝信(なりたたかのぶ)はこの村山高校の生徒。唯一の野球部員だ。孝信が2年生になった時から野球部員は1人だけだ。このままでは試合ができないので、他の部員から集めて、試合を行っている。だが、3年間全く勝った事がない。1度でも勝って、思い出に残したいと思っているのに。
「成田、色々大変だったけど、明日から県大会予選だな」
孝信は振り向いた。そこには田上(たのうえ)先生がいる。1年の頃から野球部の顧問で、監督を務めている。
「うん」
孝信は寂しそうだ。今年度限りでこの高校は消えてしまう。そして、もうすぐ最後の夏の県大会予選が始まる。勝てるように、無謀だけど甲子園に行けるように頑張らないと。村山高校の足跡を後世に残すんだ。
「最後ぐらいは勝とうな」
田上監督は孝信の肩を叩いた。だが、孝信は自信がなさそうだ。本当に勝てるんだろうか? 野球は自分1人だけだ。
「勝てるんだろうか?」
「頑張ろうよ!」
田上監督は孝信を励ました。それを聞いて、孝信は少し元気になった。3年間、僕の面倒を見てくれた田上監督のためにも、試合を頑張らないと。
「うん、そうだね」
孝信は決意した。田上先生のためにも、この学校の足跡を残すためにも、できる限り勝ち進もう。
そして迎えた初戦。村山高校の野球部は、孝信1人だけで、あとは他の部員から集めてきた生徒だ。彼らは野球経験のあまりない子ばかりで、頼りない。だけど、できる限り勝ち進もう。
「いよいよ試合開始だな」
試合が開始になった。寄せ集めのチームで、本当にうまくできるか不安だった。だが、今年はそこそこうまくいっている。
エースでもある孝信が気迫あふれるピッチングで失点を許さない。まるで村山高校の歴史を終わらせたくない気迫が伝わってくるようだ。寄せ集めの生徒も、その気迫に驚いていた。まさか、今年は勝てるんじゃないかと思っていた。
だが、試合が進むにつれて、孝信が打たれ始める。だが、何とか無失点に抑えている。田上監督もその気迫に驚いていた。
しかし、5回にソロホームランを打たれてしまった。こうなると援護が必要になる。だが、寄せ集めばかりの生徒だ。なかなか出塁できない。4番でもある孝信は頑張っているが、他がなかなかできない。
「うーん、うまくいかないか」
田上監督も絶望していた。このまま村山高校の野球部の歴史は幕を下ろすんだろうか? いや、そうであってはならない。勝ち進まなければならない。
5回裏を終わって0-1。何とか食らいついている。まだまだ頑張っている。逆転もあるかもしれない。頑張ろう。
「去年よりかは互角になってるから、できるはずだ! 今年は勝とう!」
「うん!」
6回表の村山高校の攻撃が始まった。だが、その直後に、雨が降ってきた。雨が降る予報なんてなかったのに。雨だろうか?
「あれっ、雨・・・」
ベンチにいた孝信は驚いていた。このまま降り続いたら中断、コールド負けもあるかもしれない。どうかコールド負けにはならないでくれと祈るしかない。
「こんな時に限って。こんな天気じゃなかったのに」
と、田上監督が肩を叩いた。孝信を励まそうとしているようだ。
「きっと夕立だよ。すぐ止むさ」
「そ、そうだよね」
孝信は笑みを浮かべた。そうだ、この時期は夕立がある。きっと、必ず止むさ。そして、中断しても再開するさ。
7回表、ラッキーセブンだ。この回に逆転して、勝ち進もう。だが、あざ笑うかのように、雨は降り続いている。6回表に降り始めた時より、雨が強くなってきた。選手のユニフォームは泥だらけだ。
「7回、ラッキーセブンか」
「できればここで逆転したいね」
そう思っていたその時、試合は雨のため中断になってしまった。もっと進めてほしいのに。コールド負けにならない事を祈るしかない。
「えっ、中断?」
「うん。雨が激しくなってきたもん」
孝信は降り続く雨をベンチから見ていた。天気予報では晴れだったのに。とても夕立とは思えないほど降り続いている。
「早く止むといいね」
だが、主審がやって来て、コールド成立を発表した。まさか、こんな事で終わるなんて。せっかくのラッキーセブンだったのに。これじゃあ、アンラッキーセブンだ。
「えっ、雨天コールド?」
「そんな形で終わるなんて。1度も勝てないまま終わるとは」
孝信はいつの間にか涙を流してしまった。寄せ集めでやってきた生徒が孝信を慰める。孝信はその時思った。自分は1人で戦ってきたんじゃない。みんなで戦ってきたんだ。
「悲しいね」
生徒の1人である芳樹(よしき)は孝信を頭を撫でた。もう泣かないでほしい。これからの人生は長い。これからがスタートラインだ。
「だけど、この3年間、野球に打ち込んできた事は、きっとこれからの人生の糧になるさ。前を向こうよ」
田上監督も声をかけている。だが、孝信はなかなか泣き止まない。仲間と共に過ごした最後の夏。相当悔しいようだ。
「そ、そうだね」
と、対戦した高校のキャプテンがやって来た。キャプテンは千羽鶴を持っている。対戦した高校の千羽鶴とつなげてほしいようだ。
「お疲れさま。またこの先も、頑張れよ」
孝信は顔を上げた。そうだ、千羽鶴を渡さねば。泣いてなんかいられない。だけど、涙が止まらない。
「はい」
孝信は千羽鶴を渡した。きっと、その高校の野球部にも幸運が訪れますように。
「頑張ってこいよ」
孝信は涙ながらにキャプテンを励ました。キャプテンは笑みを浮かべた。孝信のためにも頑張らないと。
「ありがとう」
「応援してるぞ!」
孝信はキャプテンの肩を叩いた。もっともっと勝ち進んでくれ。僕はこれから、違う道を歩んでいくけれど、この夏を決して忘れないからね。
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