後編 4  イトウ・ノゾミの自責と安堵 (完)

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後編 4  イトウ・ノゾミの自責と安堵 (完)

  イトウ・ノゾミは法面(のりめん)上の森の木に自分が引っ掛かっていることに気づいた。  周囲が暗くなったあの瞬間、本能的にその場から倒したグリフォンを飛び越えて森に逃れようとしたが、物凄い衝撃が背後から追っかけて来て、イトウ・ノゾミを予想以上のスピードで森に叩きつけた。  受け身を取れずに森に突っ込んだイトウ・ノゾミは、そのまま気を失ってしまった。 「希美ちゃーん!」  カトウ・ユウタが自分の名を叫ぶ声で意識を取り戻したイトウ・ノゾミが周囲を見回すと、目の前のグリフォンの頭があった。  イトウ・ノゾミがもう少し早く意識を取り戻していたなら、グリフォンが憎悪を宿した目で自分を鋭く睨んでいたのが見えたかも知れない。  だが、イトウ・ノゾミが見たグリフォンは、眼は真っ赤に充血し、口、鼻腔からも血が流れ出ていて既に憎悪の意識すら持てる状態ではなく、まだ生きているだけという瀕死の有様だった。  グリフォンは強化された自らの心臓の二度目の拍動でビクン! と大きく身を反り返らせると、そのまま法面の下に滑り落ちて行った。    イトウ・ノゾミは何が起こったか解らなかった。  状況を確認しようとした時に、カトウ・ユウタの泣き声が聞こえた。  その泣き声は子供のようで、様々な感情が混じっているのがイトウ・ノゾミにはわかった。  法面の下、(えぐ)れた街道。  さっきのグリフォンが抉った穴を飛び越えて、イトウ・ノゾミはカトウ・ユウタに駆け寄った。    駆け寄るイトウ・ノゾミの姿をカトウ・ユウタが目視した時、カトウ・ユウタは泣きながらまた大声で叫んだ。 「希美じゃん、ぼぐ、希美じゃんをだだだずげだがっだんだあ!」   その叫びでイトウノゾミは全て理解した。  イトウ・ノゾミは気づいていた。  カトウ・ユウタの『部分筋力強化』が、使い方によっては即死魔法になり得ることに。  おそらく、その使い方をするならば、カトウ・ユウタは死神にもなれる。  他の一緒に召喚されたクラスメイトの勇者候補といえど、敵わない。  カトウ・ユウタの視界に入っているものは全て対象となるのだから、心臓が一拍を打つ瞬間だけ『部分筋力強化』をし、次々に対象を変えていくだけで数秒のうちに周囲の人間全てが脳や肺を破壊され戦闘不能になる。  もし、あの神殿で、カトウ・ユウタの『部分筋力強化』が恐るべき能力であると判明していたなら――  クラスメイトらは間違いなくカトウ・ユウタを殺そうとしただろう。  自分達のほの暗い楽しみで迫害していた弱者と思っていた存在が、実は自分達を一瞬で殺せる能力があると知ったなら、彼らはそれまでの自分の態度を省みたりはせず、排除に動くのは目に見えている。  それに神官たちも、カトウ・ユウタを暗殺者に仕立て上げようとしていただろう。  見た目から弱そうなカトウ・ユウタは、暗殺対象に警戒されることなく対象を視認する位置にいくことが容易い。それに死因は心臓発作とくれば暗殺者として途方もない使い道がある、と思われていただろう。  彼らの数値でしか人を見ない愚かさのおかげでカトウ・ユウタはそれを免れたのだが。  だから、イトウ・ノゾミはカトウ・ユウタの『部分筋力強化』のその可能性にいち早く気づいた時に、彼がその使い方をしなくても良いように、そして周囲にその可能性を疑われることがないように、彼の(ほこ)となって戦うことを決め、そう在ろうとした。  彼の魔法はこういった性能だ、と周囲に示し続けることが二重の意味で必要だったのだ。  カトウ・ユウタは気弱で、優しかった。  どれだけ蔑まれようと、周囲を恨みはしなかった。  そして、学校の成績は今一つだったが、判断力と分析力に優れていた。  多分カトウ・ユウタは自分の能力の恐るべき使い方に気づきそうになっていたはずだ。  ただ、彼の優しさがその使い方をはっきり自覚することを押しとどめていた。  カトウ・ユウタがその使い方をするのは、彼にとっても辛く悲しいことなのだ。優しい彼の心は、そうする他ない無力な己を責めるだろうから。  彼の優しい心を守らないといけない、暗殺者の能力に目覚めさせてはいけない、そう思っていた。  でも、でもとうとう、彼はその禁を破り恐るべき使い方をしたのだ。  私がさせてしまったのだ、とイトウ・ノゾミは悟った。    自分を助けるために、カトウ・ユウタは必死だったのだ。  そしてその使い方をした彼は、力をあらざるべき使い方をした罪悪感と、他者の命を自らの力で奪ってしまった良心の呵責とで、こうして泣いているのだ。    イトウ・ノゾミもまた、色々な感情が心の中で渦巻き、胸が張り裂けそうになるのを感じた。  カトウ・ユウタの心を守り切れなかった無力な自分への怒りと嫌悪。  そして自らの禁を破ってまで自分を助けようとしてくれた、カトウ・ユウタへの感謝と、愛しさ。  そして、彼が恐るべき能力の使い方を自覚した後も、それに溺れ振り回されることなく、復讐などの黒い心に染まることなく、こうして純粋に泣いてくれていることに大きく安堵した。    イトウ・ノゾミは、泣きじゃくるカトウ・ユウタに近づき、カトウ・ユウタを胸にぎゅっと抱きしめた。  いつの間にかイトウ・ノゾミの目からも涙が流れ落ちる。  「ゆーたくん、ごめんね……それとありがと……本当にありがとね」  イトウ・ノゾミは、カトウ・ユウタにかける言葉はそれしか出てこなかった。  ただ泣きじゃくるカトウ・ユウタを、イトウ・ノゾミはそっと抱きしめ続けた。  リロイ=バーレル男爵が意識を取り戻した時、泣きじゃくるカトウ・ユウタを、イトウ・ノゾミが自分自身も涙を流しながら抱きしめ無言で慰めている光景が最初に目に入った。  バーレル男爵は、少し気恥しくなって、そっと二人に気づかれないように立ち上がり、雄グリフォンと雌グリフォンの死骸を確認した。  急に周囲が暗くなった時、悪い予感がして本当に咄嗟に少年を突き飛ばした。  少女との約束だ。少年だけは何としても守りたかったのだ。  あれは雌のグリフォンの襲撃だったのか。  結果的に少年は、無傷のようだ。そして、雌のグリフォンも方法はわからないが二人が倒してくれた。  安堵の溜息をつきながらリロイ=バーレル男爵はゆっくりと街道をブーノ村方面に歩き出した。  二人の邪魔は、しばらくすまい。  街道の途中に隠れていた御者のところまで行き、もう終わったと告げた後、新しい馬車をさっきの場所まで回すように、と伝え、街道の山側を見上げる。  幼体のグリフォンが、巣にいるだろう。  だが、それは些細なことだ。また後日、山狩りをすればよい。    とりあえず、報奨金はあの二人に弾まなければ。  そして、慌てがちだけれども勇敢な少女と、見た目や態度の臆病さからは想像もつかない優しく、勇気ある少年に、まだしばらく当家に滞在してもらうのだ。  アンナとチュニーの良き遊び相手になってくれるだろう。    そして、いつか…と独り言ちたが、かぶりを振った。  この先、おそらくあの少女と少年は、平穏に暮らすことはかなうまい。  だが、せめて私とバーレル家は、あの二人の味方でありつづけたい。  あり続けよう。  リロイ=バーレル男爵は、そう心に誓ったのだった。           ショボい魔法だと言われて追放されたけど、幼なじみとどうにか生きてます                                 おわり
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