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後編 2 信頼と信用
その後もグリフォンは馬を狙って上空から急降下しては、イトウ・ノゾミに箭疾歩で攻撃される、と言う事を何度か繰り返した。
恐らくグリフォンにダメージは蓄積している。
証拠に徐々に再上昇するスピードは落ちてきている。
だが、どうにも決定打に欠ける。高度のある上空の敵を攻撃する術をイトウ・ノゾミは持っていない。リロイ=バーレル男爵も同様だ。カトウ・ユウタは攻撃なぞ全くできない。
このままずっとこの展開が続けば、いつかは倒せるかも知れないが、気が遠くなるほど何度もイトウ・ノゾミは箭疾歩を繰り出し続けなければならない。
それに、グリフォンがいつまでも同じことを繰り返してくれるのか。
グリフォンが地上に降りて戦わないのは、イトウ・ノゾミの攻撃力を脅威に感じているからだろう。
いつまでダメージを負い続ける愚を続けてくれるのか、わからない。
諦めて一度巣に戻られればそれまで。山を登って巣穴を急襲したとして、つがいの雌と2頭同時に戦うのはリスクが高い。
何とかしてグリフォンを地上に打ち落したい。
そうすればイトウ・ノゾミの打撃力を存分に生かせる。
グリフォンは上空に戻り、またしても旋回している。
「希美ちゃん」
カトウ・ユウタがイトウ・ノゾミに呼びかけた。
「次にあいつが急降下してきたら、僕はあいつに『部分筋力強化』をかけてバランスを山側に崩すから、希美ちゃんは山側に落ちたあいつに攻撃叩き込んで」
「うん、わかったよゆーたくん」
イトウ・ノゾミは視線を上空から外すことなく、ためらうことなく間髪入れずに返答する。
「ご領主様」
「何でしょう、カトウ様」
「希美ちゃんが攻撃を入れて連続攻撃が終わったら、僕が今ですって言いますから、ご領主様は思い切りあいつの翼の根元に斬りつけてください、力一杯。体のダメージは気にしないで。必ず切断できますから」
リロイ=バーレル男爵は一瞬迷った。本当にこの初対面の時に全く喋れず縮こまっていた気弱な少年を信じて良いものか。
だが、先程の少女の返答は迷いが無かった。
自らが一方的に庇護する対象として少女が少年を見ているのなら、あんなに迷いなく返事は出来ないだろう。
少女は少年を深く信頼している。信頼に足る何かを少女は少年に感じている。
ならば、あの驚異的な強さを持つ少女が信じるこの少年を信じてみようではないか。
「わかりました、カトウ様。合図、よろしく」
リロイ=バーレル男爵が返事をすると、3人は空を見上げた。
旋回する黒い点が一点で止まると、急激に大きさを増していく。
馬めがけての急降下が始まった。
グリフォンは翼を限界まで広げて背中側まで持って行くことで空気抵抗を減らし、自由落下している。
地上までその姿勢で落ちてきたら自らの落下スピードで地面に激突し、いくらグリフォンと言えど大ダメージは逃れられない。必ず翼を広げた位置まで戻し減速する。それも両翼のバランスを取った上で。
そのバランスを崩す。広げた瞬間に『部分筋力強化』を掛け、片方の翼を速く閉じさせてしまう。揚力を失った方向へ、グリフォンは落下するはずだ。
翼を広げるその瞬間を逃してはならない。
カトウ・ユウタは瞬きせずその瞬間を待つ。
グリフォンの巨体が空を覆う。
翼が広がった!
『部分筋力強化』!
グリフォンの右翼が瞬間的に強化された自身の筋力に引っ張られ閉じ、残った左翼だけが揚力を受け、グリフォンの巨体は右に、山の斜面側に振られた。
再びグリフォンは羽ばたこうとするが、『部分筋力強化』が掛かっている右翼はグリフォンが思う以上に速く開きバランスの崩れは修正不能。腹が空を向いている。
カトウ・ユウタは視線をイトウ・ノゾミに向けた。
左足。
箭疾歩のために『部分筋力強化』する!
「やっ!」
イトウ・ノゾミは気合いとともに箭疾歩を繰り出し鋭く一直線にグリフォンに左足、左拳を突き刺す。
グリフォンの体はイトウ・ノゾミの箭疾歩を横から食らい、街道を通すために削られた法面に叩きつけられる。
グリフォンが跳ね返ってくるところにイトウ・ノゾミは体ごとぶち当たる肘と、それに続く右上段回し蹴りを放つ。
「今です!」
カトウ・ユウタの合図とともにリロイ=バーレル男爵がグリフォンに向かって走り、飛び上がってグリフォンの左翼の根元に斬りつける。
リロイ=バーレル男爵の剣の流派は片手剣で、グリフォンの翼の根元を斬り落とすことなどできるのだろうか、と男爵自身半信半疑だったが、振った剣先が翼の根元に当たる瞬間、自身の右腕に信じられない程の力が宿った感覚を感じると、握った剣はやすやすと翼の根元を切断し、斬り飛ばしていた。
これがカトウ・ユウタの『部分筋力強化』なのか。
イトウ・ノゾミはリロイ=バーレル男爵の攻撃が終わったのを確認してから息を吸い込み、左突き、右拳右下段蹴り、とどめに腰を入れた左突きを一呼吸で気合いとともに叩き込んだ。
「Buhoっ」
という音と共にグリフォンは多量の血液をクチバシから吐き出した。
イトウ・ノゾミが打撃とともに叩き込んだ発勁が、グリフォンの内臓を破壊し尽くしたのだ。
グリフォンは体を痙攣させていたが、やがて動かなくなった。
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