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後編 3 カトウ・ユウタの苦悩と決断
やった!
カトウ・ユウタは作戦どおり上手く行ったことに喜んで、グリフォンの横に立つ二人に駆け寄ろうとした。
イトウ・ノゾミは無呼吸で一瞬のうちに連撃を入れたせいで、少しボーっとしている。無理もない、ずーっと戦い続けていたのだ。
殆どのダメージを叩き出したイトウ・ノゾミを、カトウ・ユウタは近くで支えて休ませてあげたかった。
カトウ・ユウタが駆け出した瞬間、突然辺りが暗くなった。
え?
と動きが止まったカトウ・ユウタにリロイ=バーレル男爵が体当たりした。
何で?
と思った瞬間にカトウ・ユウタは突き飛ばされて馬車に頭をぶつけ、意識が飛んだ。
カトウ・ユウタの意識が戻った時、初めに見えたものは、間近で空を覆う真っ黒な片翼だった。
そして聞こえてきたのは、ボリ、バリ、グチャリという骨と肉を咀嚼する音、ハフウハフウという咀嚼音の合間に混じる粗い呼吸音。
音の方向を、なるべく体を動かさないように、そーっと見る。
そこには、グリフォンの鷲の頭部が啄むかのように馬を貪り食う光景があった。
ひっ、と上げそうになる悲鳴を飲み込む。
カトウ・ユウタは翼を広げ馬を貪り喰っているグリフォンの翼の下にいるのだ。
え、え、え……
どうして! だってグリフォンは確かに倒したはずじゃないか。
半ばパニックになったが、動いてはいけないことだけははっきり理解している。
倒したはずのグリフォンが横たわっていた場所を、またそーっと首を動かして確認する。
カトウ・ユウタから2m程離れた場所にリロイ=バーレル男爵がうつ伏せに倒れて意識を失っており、その向こうには倒したグリフォンが見えた。
苦労して倒したグリフォンの巨体は倒した場所にそのまま骸となって横たわっている。
しかし、変わったこともあった。
倒したグリフォンが横たわっているその前の街道は地面が抉れて無くなっていた。
つまり、こいつはさっき戦って倒したグリフォンじゃない。
巣穴に居ると思われた2頭目の、雌のグリフォンなんだ。
何故かはわからないが、つがいの雄が倒される予感でもしたのだろうか。
こいつの羽ばたき音に何故気がつかなかった! とカトウ・ユウタは悔やんだ。
いや、無理だ、多分余程周辺警戒に長けたシーフでも居なければ、あの戦闘中にもう一頭のグリフォンのことなど気づかない。
僕たちが雄のグリフォンを倒して喜び気が抜けたその隙に、急降下攻撃を仕掛けてきたんだ。それも特攻みたいな形で自分が地面にぶちあたるスピードで。だから街道が抉れてしまっている。
はっと気づく。
希美ちゃん!
希美ちゃんはどうなった! 無事なんだろうか?
イトウ・ノゾミが立っていたグリフォンの前の街道は、抉れてしまっている。
まさか巻き込まれたんじゃ!
カトウ・ユウタは泣きそうになって、涙で潤んだ目で辺りをもう一度よく見渡してみる。
馬。の近くには倒れていない。
リロイ=バーレル男爵が倒れている付近にも、伊藤希美は見当たらない。
倒れたグリフォンの周辺にも…
その時、不意に2頭目のグリフォンの翼で隠れていた上部の視界が晴れた。馬を食べ終わったグリフォンが、翼をたたんで、地上を歩き方向転換をしたのだ。
グリフォンの鷲の足をしている右片前足は折れているようだが、ライオンの後ろ脚は健在で、残った鷲の左前足でひょこ、ひょこと歩いて倒された雄グリフォンの方に向かう。
すると先程までグリフォンの翼で隠れていた、法面のかなり上の木々の中に、イトウ・ノゾミのピンクのチェックのパーカーがちらりと目に入った。
良かった、希美ちゃん、捨て身の急降下攻撃には巻き込まれてはいなかったんだ。直前で気づいて飛んで避けたのだろう。
でも、意識は失っているのか、ピンクのパーカーは動かない。
そして雌グリフォンも、自らが穿った街道の大穴の前で動かなくなった。
視線は見えないが、雌グリフォンは雄グリフォンの亡骸を見て佇んでいるのだろうか。
早く、飛び去ってくれよ。
早く、早く巣に戻れって!
カトウ・ユウタはじりじりする。
倒れている僕や、リロイ=バーレル男爵には興味を示さなかったんだから、イトウ・ノゾミのピンクのパーカーをグリフォンが見つけたところで、食べるとも思えない。
食べないよな……
心なしか、雌グリフォンの鷲の頭が雄グリフォンではなく、法面の上を見ている角度になっている。
イトウ・ノゾミのピンクのチェック柄パーカーを真っ直ぐに見据えている気がする。
まさか、自分のパートナーにトドメをさした相手だってわかるのか?
いや、この巨大なグリフォンが点に見えるくらい高高度を飛んでいたんだ、自分のつがいにトドメをさしたのが希美ちゃんだなんて見分けられる筈がない。
ないよな……
でも、猛禽類の目は、時速300kmで飛行していても獲物を捕らえているって以前この世界に来る前に何かで見た……
とカトウ・ユウタが思うと同時に、雌グリフォンはイトウ・ノゾミめがけてライオンの後ろ足で思い切り地面を蹴り、ジャンプした。
雌グリフォンが地面を蹴ってイトウ・ノゾミに向かって飛びかかった瞬間、本当に僅かな瞬間にカトウ・ユウタの頭の中では様々な考えがスパークした。
嘘だ!
何で僕たちは襲わないんだ!
おかしいだろ、止めろ!
誰か、止めてくれ!
いや、無理だろ。
ここで奇跡は起こらない。誰も来ない。
希美ちゃん自身も、リロイ=バーレル男爵も気絶している。
希美ちゃんを助けるために、何かできるとしたら僕しかいない。
僕がこいつを倒すしかない。
無理だ。
僕は無力だ。
何もできることなんて無いんだ。みんなにだって疎まれた。
僕と一緒にいてくれたのは希美ちゃんだけだ。
希美ちゃんに頼ってた守られてた僕には何もない!
いや、本当はある。あるだろ!
でもやりたくなかった。
今まで、これをやれる可能性に気づきそうになった時が何度もあった。
でも、頭の中のその可能性に気づかないふりをした。忘れようとした。
だって、これをやったら、僕はまるで暗殺者みたいだから。周りから人殺しって言われるから。
心臓のある生物は絶対確実に殺せる方法なんだから。
でも、誰も気づいていない。希美ちゃんだって気づいてない。
だから嫌だ、やりたくない。希美ちゃんに嫌われたくない。
でも、希美ちゃんを今助けるには、これしかない。
これしかない!
「希美ちゃーん!」
カトウ・ユウタは思わず大声でイトウ・ノゾミの名を叫んだ。
その行動に意味はなかった。ただただ、カトウ・ユウタが大事に思う者の名を叫ぶ、それ以上の意味はない。
だが、同時にカトウ・ユウタは『部分筋力強化』を雌グリフォンにかけた。
強化する部位は、心臓。
心臓は丸ごと筋肉で出来ている。
グリフォンの心臓を『部分筋力強化』で僕の能力のありったけで強化する!
グリフォンのくちばしがイトウ・ノゾミに届く直前に、最大限強化された雌グリフォンの心臓が、一度の拍動で超高血圧で全身に血液を押し出す。
その超高血圧にグリフォンの血管は耐えられず、破れていく。
毛細血管は破裂し、毛細血管が走っている全ての器官も破壊する。
それは脳も例外ではない。
右心室から超高圧で押し出された血液が、グリフォンの肺を破壊する。
カトウ・ユウタがイトウノゾミの名を叫んだ瞬間から、この現象は始まっていた。
その一瞬で雌グリフォンは痛みと苦しさに耐え兼ね身をよじらせた。
そのため着地点がずれ、クチバシはイトウ・ノゾミに届かず、雌グリフォンの体は法面から半分以上はみ出した。
そして二度目の強化された心臓の拍動から送り出された血液は、一度目の拍動で破った部位の損傷を、更に大きく広げ組織を破壊しつくす。
そして三度目の拍動は……
僅か数秒の持続時間しかないこの『部分筋力強化』という魔法。
僅か数秒でも十分に致命的で、効果は即死魔法と言っていいだろう。
一般的な『全身筋力強化』魔法では、全身の血管も強化されてしまうから、こういった効果はないのだ。
カトウ・ユウタがイトウ・ノゾミの名を叫び終わるのを、雌グリフォンは既に認識できなかった。
「Gueeeeeeeee!」
雌グリフォンは、断末魔を上げながら自身が急降下攻撃で抉ったすり鉢の底に落ちて行った。
目からも、鼻からも、折れた足からも、全身の全ての穴という穴から血を噴き出しながら。
その様子を見て、カトウ・ユウタは自分が何か酷い過ちを、禁忌を犯してしまったように感じて、畏れとともに大粒の涙が目からこぼれ落ちてきた。
同時にイトウ・ノゾミを救うことができたんだと言う大きな安堵もまた溢れてきた。
そして、色々な感情が自分でも整理できなくて、ただ大声を上げて、子供のように泣いた。
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