3.眩しすぎる男

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 背格好とか襟足とか、見ただけで誰だかわかるくらい見知っているわけではないけど。 「……海野さん?」  名前を呼ぶと、その人が振り返る。腕がまた無理な方向に引っ張られて悲鳴を上げるおやじ。  サングラス越しでもわかる気まずそうな表情。ほんとわかりやすい、この人。 「なんで俺って……」 「声で」  自信ありげに言った私とは逆に、海野さんは「クソッ」と地面を向く。 「変装した意味がない」  似合わない汚い言葉は、どうやら自分自身に怒っているらしい。 「あの、それ変装のつもりだったんですか?」  海野さんの年齢も知らないけれど、リュックだしスニーカーだし、キャップだしで見た目は学生にも見える。  おしゃれな学生はこんなサングラスはしないだろうけど。  背もそこそこ高いし、スタイルもいいのに。  あ、いい形容が見つかった。  ふた昔くらい前の、アジアの俳優みたい。素材はいいのにアイテムがちょいダサ、みたいな。  海野さんはとうとうサングラスを取った。  子犬のような、ピュアすぎる瞳がお目見えする。 「……だって、フラれて会社もやめた奴が同じ電車に乗ってたら気持ち悪いでしょう?」 「それ以前に、通勤ラッシュに黒のキャップに黒サングラスって、変装目的よりまず見た目不審者ですから」 「え、ほんとですか? 僕?」  自分の見た目には心配を全くしていなかったらしい。本気で驚いている。  想像どおり。自分の信じた道しか見ていないまっすぐな人。不器用な人とも言うだろうけど。  犯人を引き渡し、私は事情聴取を受けて、解放されたのは十時前。  海野さんと二人で駅長室を出る。 「正直言うと、僕、森野さんが痴漢に遭っているのを前から知ってたんです」 「もしかしてずっと犯人から守ってくれてました? 私、全然気づいてなかったけど」 「いや、そんな守るだなんて偉そうなことはできませんでしたが……にらみは利かせてたつもりです。あ、ストーカーっぽく聞こえるかもしれませんが、非合法な手段は取って……ないと思います」 「なんでそこ自信なくすんですか」    思わず私が笑うと、海野さんが「ドキッ」としたのが表情でわかった。  もう、わかりやすいよ……。  しかし、すぐに真剣な表情戻って、 「ストーキングかどうかは、付け狙われてるであろう被害者の方が不快に感じればそれは本人の意思関係なくストーキングになるので……」 「しばらく被害にあってなかったのは海野さんのおかげだったんですね。ありがとうございました」  犯人の目星はついていたらしいが、結局捕まえることができてなかった。海野さんが会社を辞めて同じ電車じゃなくなったら再び犯行に及ぶかもしれないと気になって、わざわざ今朝乗り合わせてくれたそうだ。いやそれビンゴでした。 「でも今、こんな派手に捕まえるんなら、私に声をかけてくれる前に捕まえてヒーロー気取りで女性の前に登場した方が恋愛パターンに発展しやすいと思いますよ?」 「え? あ、そういうアピールの仕方もあったんですね……」 「ええ、むしろ効果的だったかと」 「勉強になります」  海野さんはきりっとして言う。  いやいや、レクチャーしてる私も何様だって感じだけど。  この人の行動に打算や計算というものはないようだ。  どこまで行っても模範的な優等生。  苦手だわー。  海野さんは当たって砕けろ精神で生きてる人に違いない。  私は、砕けないように当たるな、で生きていきたい人間なのだ。
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