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……アデラール魔法学院だよな。
ダニエルには姉はいない。
魔法文明が栄えているギルベルト王国にはゲームという娯楽は存在しない。狭い部屋に物を詰め込んだような場所を知らない。
姉を名乗る女性のことを知らない。それなのにもかかわらず、ダニエルは妙な感覚を覚えてしまう。
……俺はここに通っていて。
アデラール魔法学院にはダニエルも通っている。
それは機械越しに眺める景色と何も変わらない。
「□□?」
名前らしきものを呼ばれる。
上手く聞き取れないその名前すらも懐かしさを感じるのはなぜだろうか。
「どうしたのよ、□□。なんで、泣いているの?」
「……泣いている?」
「うん。なによー、乙女ゲームを押し付けられたからって泣くことないじゃないの! ほら、お姉ちゃんも一緒に攻略してあげるから泣かないの! □□は本当に泣き虫よねえ。高校生になってもすぐに泣くんだから!」
そこにいるのはダニエルではなかった。
ギルベルト王国では不吉の象徴とされている黒髪の姉弟。
すぐに泣いてしまう弟を慰める強気な姉。
砕けた言葉遣いは貴族社会では許されないだろう。
……違う。これは。
妙な夢を見ている気分だった。
夢だと気づいてしまったのにもかかわらず、この居心地の良さから抜け出したくはないと願ってしまう。
魔法文明が栄えているギルベルト王国よりも不便なことが多いだろうこの世界に居たいと願ってしまうのはなぜだろうか。
「□□?」
名前すらも聞き取れない。
それはかつての自分自身の名前だった。
……俺の前世だ。
ここが前世の世界だと自覚をしてしまう。
それが合図だったのだろう。
頭の中を掻き混ぜられるような眩暈がする。思わず、目を閉じてしまう。
「――!!」
大きな声が聞こえた。思わず目を開ける。
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