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「……父上、アーデルハイトの入学式は……」
「目覚めてすぐに言う言葉がそれか!? お前、状況を理解しているのか!?」
「……なんとなく、ですが」
前世の記憶が正しければ、アデラール魔法学院に入学をするアーデルハイトは初日から問題を引き起こす。
前世での姉が嗜んでいた乙女ゲームのヒロインと衝突をするのだ。
それはアーデルハイトの身を危機に晒すことになる。
……遅いかもしれない。
ダニエルには前世の記憶よりも、今を生きる日々の記憶の方が鮮明だ。
前世では何度も目にしてきた小説のように転生した影響も強くはない。
乙女ゲームに登場をする悪役令嬢の兄である邪魔者の一人だ。
性格も思考も乙女ゲームそのものだった。
今更、それを変えることは難しいだろう。
……それでも、アーデルハイトを死なせはしない。
悪役令嬢のアーデルハイトを待っているのは絶望だ。
それを回避する為に記憶を取り戻したのならば、少々遅いような気もするが、ダニエルは心配をする両親の声を無視して身体を起こした。
「身体は問題ありませんので、学院に向かいます。父上、母上、アーデルハイトの入学式を見逃すわけにはいかないでしょう? 宮廷の仕事でお忙しい兄上を呼ぶわけにもいきませんし、俺が行かないとアーデルハイトも心配するでしょうから」
ダニエルの言葉を聞いた両親は互いの顔を見合わせていた。
それから、わざとらしいため息を零された。
「ダニエル。貴方が心配性なのはわたくしも存じていることですわ」
母親は視線を逸らしながら、言葉を続ける。
「しかし、アーデルハイトのことなど捨て置いてしまいなさい」
それは母親の言葉とは思えない冷たいものだった。
この場にいないとはいえ、血の繋がった娘に対する言葉ではない。
「価値のない者を気にかけてあげることほど空しいことはございませんよ」
「いいえ。母上。アーデルハイトは価値があります」
「ありませんわ。少なくとも、母であるわたくしには価値がありませんもの」
母親の言葉に対し、ダニエルは首を左右に振った。
……母上を説得している時間もない。
両親はアーデルハイトの価値を認めない。
それを覆すための時間は、ダニエルには残されていなかった。
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