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1、13番目の呪われ姫とお人好しの暗殺者。
夜会の耳が痛くなるほどの喧騒に眉を顰め、会場を後にした青みがかった黒髪の青年の背中を追いかけてきた女性は呼吸を整えながら静かに声をかける。
「落としましたよ」
鈴が鳴るようなきれいな声でそう言われ、彼は足を止めた。
「あぁ、よかった。やっと追いついた」
心底ほっとしたような笑顔で彼女が差し出してきたのは、鈍く光る1本のナイフだった。
「……身に覚えがありませんね」
青年はそっけなくそう返す。だが、彼女はこぼれるような笑顔で首を振った。
「いいえ、確かにあなたは昨日私の部屋にコレを忘れて行ったでしょう?」
月の光を浴びて美しく輝く銀色の髪を風でなびかせながら、彼女は静かにそういった。
その小型のナイフには家紋が彫られているわけでもなく、どこでも買えるような安物の量産品で、取り立てた特徴は見当たらない。
だというのに、彼女の声は彼の物であるという自信に満ち溢れていた。
「もうご存知かと思いますが、私の名前はベロニカ・スタンフォード。この国の13番目の王女でございます」
そう名乗った彼女の事を知らない人間は、おそらくこの国にはいないだろう。
当然、名乗られる前からベロニカの事は知っていた。
「昨夜、私のことを殺しに来られたでしょう? キース・ストラル伯爵」
ふふっと優雅に笑ったベロニカは、そう言って彼をフルネームで呼んだ。
ああ、もう全てがばれている。月光の下でひときわ美しいベロニカが、伯爵の黒曜石のように黒い瞳には自分のことを断罪しに来た死神のように見えた。
「そう身構えないでください、伯爵」
イタズラが成功した子どものように楽しそうに笑ったベロニカは、
「今日はお願いがあってきたのです」
すぐそばまでやってきてナイフを鞘に納め伯爵の手の上に置くと、ベロニカは微笑んで、淑女らしくカーテシーをしてみせる。
「どうぞ、私のことを殺してはいただけませんか?」
まるで、ダンスを一曲申し込むかのような軽やかさで、ベロニカは伯爵に依頼した。
◆◆◆◆◆◆◆
通されたベロニカの住まう離宮は、昨日忍び込んだ時も思ったが、なかなかにボロボロだった。
護衛はおろか、侍女の1人さえ見当たらない。
「一国の姫だと言うのに、我が家といい勝負だな」
ぼそりとそう漏らす伯爵に、うれしそうにパチンと手を叩いたベロニカは、
「まぁ伯爵の家もこうなのですか! もし雨漏りでお困りでしたら、お声掛け下さい。私、こう見えても大工仕事は結構得意ですわ」
ここもここも私が直しましたのと、胸を張ってベロニカは自慢げに話す。
そんなベロニカを見ながら、割と自分も得意分野だとは言えず、まぁ機会があればとお茶を濁した。
「ごめんなさい、今お茶を切らしていて。代わりと言ってはなんですが、こちらをどうぞ。たんぽぽコーヒーと申しまして、まるでコーヒーっぽい飲み物なのですよ!」
そう言って差し出された、黒い液体を伯爵は、どうするべきかじっと見る。
一国の姫が手ずから用意し出されたものなのだから、たとえ毒が入っていたとしても、ここは飲むべきなのだろう。
そう思って、覚悟決めた伯爵はおっかなびっくり口にする。
「あ、おいしい」
「気に入っていただけてよかったです」
ほわっと花がほころぶように笑ったベロニカを見て、つられたように伯爵の緊張が緩む。
「裏庭でいっぱい取れますの。よろしければ持って帰ります? 作ったばかりなのでたくさんあるのですよ!」
これも自分で作ったのかと、驚くと同時に、彼女の置かれている状況が、自分の家と重なって、大変失礼だと思いつつ、かなり親近感が湧いた。
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