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新しい年度を迎えて、新体制になって、人事課ではバタバタと忙しい日が過ぎ去って行った。
ある昼下がり、畑野は小菅とともに、人事課長に呼ばれた。
「二人に話がある」
ちょっと険しい顔を作って彼は言う。
「時間があるときに、この書類に目を通しておいてほしい」
そう言って、1冊のフラットファイルを手渡してきた。
「専門医の在り方に関する検討会……医政局か。小菅くん、読んだことある?」
「いや、ないです」
「聞いたことあるかもしれないが、新専門医制度ってヤツだ。うちの病院でも、その準備を始めていく必要がある。だから二人を呼んだんだ」
ちょっと待て。ということは、新たな仕事ということか。
「課長、ウチらが今、大変な状況なのはご存じですよね?」
「あ、まあ、そりゃご存じだよ」
「人事課の負担を減らすとか何とか。事務長も課長もそう言ってた気がするんですけど」
「や、まあ、それはもちろんそれとして」
人事課長はしどろもどろになって、そう答えた。隣では小菅が、蒼白な顔をして話を聞いている。
「小菅くん、頼りにしてるから頑張ってよね」
「えっ――いや、僕は。つまり僕も、その…」
小菅もしどろもどろだ。どうもこの職場の男連中は、通常モードがしどろもどろのヤツが多い。
しかしまあ、仕方ないか、と思った。たぶん、何とかなるだろう。あまり考えず、そんな気持ちだった。
これを前向きと呼んでいいなら、そうなれたのには理由がある。
ひとつは、厚生係長に着任してからずっと悩んできた医師の過重労働について、この新専門医制度が何か改善に寄与するのではないかと期待したこと。まあそれは単なる希望的観測に過ぎないし、できたとしてもずっと先の話だ。
もうひとつ、とても個人的なこと理由があった。
畑野は数日前、例の中庭にそっと忍び込んで、ミザクラと再会した。
その樹は、たくさんの実をつけてそこに立っていた。
お店で売ってるような、ちゃんとしたさくらんぼだ。
何だか少し感動してしまって、相本じゃないが、ひとつ摘まんで口に入れてみた。甘酸っぱくて美味しい、よく知っているさくらんぼの味だった。
カナトが教えてくれたあの曲は、今のような時期を歌った曲なんだ。
そう思うと、まるでおかしな話だけれど、彼と再会したような気持ちになった。
かつて、まだ中学生だった頃の自分が、ノートの片隅に書いた言葉を畑野は思い出した。
"世界は、滅びながら広がっていく――"
当時の自身が見ていた景色など、もう永久に知ることはないだろう。
それでも畑野は、その言葉の意味の一端を、垣間見た気がした。
(おわり)
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