101人が本棚に入れています
本棚に追加
5
2015年3月24日、火曜日。
19時を過ぎた頃、畑野は人事係長の小菅と4月からの業務分担について打合せをした。もちろん初めてではなくて、もう何度も何度も行っている。
二人だけで話したかったから、小カンファレンス室を使った。
「そうすると、青野さんのやっていた看護部の夜勤回数の確認は…」
「そこはあたしがやるから、小菅くんは産休育休のデータ管理を…」
青野が作った業務引継書をばさっと広げて、二人はあーだこーだと話を詰める。小菅の目には過重労働のせいかくっきりとクマが刻まれていたが、きっと自分も同じだろうと思った。
小菅治樹とは同期の桜で、未だにこんなに近い距離で仕事をする腐れ縁でもある。
能力的にはあまり頼りにならない。そのこともずっと見てきているので、畑野はよく分かっている。だからこうやって仕事の話をするときは、いつもそのマイナス分を織り込んでいた。もちろん本人には言えないが、今だって、それが彼に渡せる業務かどうかを、自然と選り分けていた。
「畑野さんだけに負担がかからないようにしないと」
彼は何度かそんなようなことを言った。気持ちは嬉しいし、実際そのとおりだ。畑野は自分でもイヤになるくらい仕事に手を抜けないタイプだったから、うっかりすると抱えすぎるリスクを自覚していた。
「ありがとね。春は正念場だから、何とか乗り切ろう。相本くんも頑張ってくれてるし」
相本は小菅の部下である。ちゃらんぽらんなところのある、いかにも若者というキャラクターだったが、仕事面では実は小菅よりも頼りにしていた。どんな小さな作業でも、ひとつひとつ丁寧に進めるのだ。
畑野たちが打合せをしている今この瞬間も、人事課では青野や相本がそれぞれの仕事をしている。
周りにいるのが誰であれ、文句を言っても仕方がない。苦境はその時のメンツで乗り越えるしかないのだ。
「よし、何となく分担は決まったかな」
畑野は立ち上がり、ぐーっと伸びをした。
「あとは課長に了承をもらって、4月からはこの新体制で行きましょう」
小菅は少し笑顔になって答えた。同期なのに敬語を使うのは、採用以降のこの6年間、ずっと変わらない。部下の相本に対しても同じだ。いつしかそれが小菅らしさだと感じるようになって、違和感は無くなった。
そのとき、ノックの音が響き、小カンファ室のドアが開いた。
振り向くと、青野が立っていた。
青白い顔に、相変わらずの青ヒゲ。青い青野である。
「どしたの青野くん、幽霊みたいに。びっくりするじゃん」
「係長…」
青野の様子を、小菅も心配そうな表情で見つめている。
「報告が…」
面倒はやめてくれよと思いながら、その部屋で青野の話を聞くことにした。行きがかり上、小菅も同席する。
会議テーブルをはさんで3人が着席すると、青野は話を始めた。何となく予想はしていたが、例の視能訓練士、中埜の件であった。
最初のコメントを投稿しよう!