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暗い山道をひとかたまりになってそぞろ歩いた。嵐の前の静けさのように、すべてを呑み込む深い闇が、人々の心にますます恐怖を募らせる。
村の人たちを助けにいった父は大丈夫だろうか。考えはじめたら不安で一歩も動けなくなりそうで、ヒースは必死に足を動かした。
「いったいどうしてこんなことに……」
誰かがぼそりと漏らした声がヒースの耳に届く。それはそのままヒースの胸に沈んでいった。
「……シュイのやつ、恐がりだったから、いまこの場にいなくてよかったな」
ぐずっと鼻を啜る音が聞こえた。タイシが顔を歪め、泣きそうな笑みを浮かべていた。とっさに何も答えられないヒースの肩に母が触れた。
「さあ、いきましょう」
ヒースは唇をぎゅっと噛みしめると、こくりとうなずいた。
山道を抜け、ようやく拓けた場所に辿り着くと、皆一様に疲れたようすで抱えていた荷物を下ろし、その場にしゃがみ込んだ。無駄口を叩く者は誰もいなかった。吹きすさぶ風に震えながら、何かを堪えるようにじっと黙り込んでいる。濃紺の空には満天の星が輝き、これまで目にした惨劇はすべて夢だったのではないかと思えた。
「……疑うわけじゃないんだが、ヒースが見たという襲撃者は本当にいたのか?」
ざわめきが周囲に広がった。ヒースはびくりと顔を上げた。違う、見間違いなんかじゃない。だけどヒースが口を開く前に、同調するような声がいくつも続いた。
「大体よく考えたらこんな小さな村、襲って何になる?」
「そうだ。ヒースが嘘をついているとは思わないが、ひょっとしたら何かを見間違えているって可能性もある」
「だとしたら早く戻って火を消さなければならないんじゃないか?」
そうだ、そうだという村人たちの言葉に、ヒースは慌てた。
「違う、本当に人が殺されていたんだ……!」
「その前に村が燃えたらとんでもないことになる」
「こんなところでじっとしてないで、早く戻らなければ」
「――ま、待って……っ」
ぞろぞろと村のほうへ戻ろうとする住人を、ヒースは必死に止めた。決して見間違いなんかじゃない。いま戻ったら大変なことになる。幼なじみの少年たちは困惑するようにヒースを見た。その顔にわずかに疑問の念が浮かんでいることに気づいて、ヒースは表情を歪めた。
「ヒースは嘘などついちゃおらん。息子が戻ってくるまでここでようすを見たほうがいい。いまは村に戻らないほうがいい」
祖父の言葉に、村人たちは気の毒そうな何とも言えない表情を浮かべた。
「悪いが俺たちは村に戻るよ」
村人の一人は祖父の肩を叩くと、下ろしていた荷物を持ち上げた。一人、また一人ときた道を戻ろうとする村人に、ヒースは呆然となった。
「どうして……、俺、嘘なんて言っていないのに……!」
「ヒース……」
母が同情するような眼差しを浮かべた。そのときだった。ひゅん……っ、と何かが飛んできた。村人の一人が膝から崩れ落ちる。いったい何が起こったのかわからずに、ヒースはその場に立っていた。
「弓矢だ……っ! 逃げろ……っ!」
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