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「おい、そこのやつ。この石灰岩を向こうへ運べ」
掘削作業していたヒースを、現場監督が呼び止める。ヒースはうなずくと、言われた通り荷台に積んだ石灰石の袋を現場へと運んだ。ヒースが働いているのは、町の北部に新しい宿舎を作るための建築現場だ。現場にはアウラ王都専用の業者に雇われた多くの男たちが働いている。皆、ヒースよりも体格のよく、一癖も二癖もありそうな男たちばかりだ。
額から吹き出した汗が目に入り、ヒースは手の甲で拭った。鍛えられた肉体にはしなやかな筋肉がつき、幼かった少年の面影を消していた。その瞳は影が差したように暗く、他者を寄せつけない空気を身に纏っている。
村が襲われてから、五年の月日が流れた。ヒースは十六歳になっていた。あの日、瀕死の重傷を負ったヒースがいまも生きているのは、冷たい川をさすらうヒースを助けてくれた者があったからだ。ヒースは三日三晩生死の境をさまよい、四日目の朝、かろうじて目を覚ました。見ず知らずの男の住処で目覚めたとき、ヒースは罠にかかった野生動物のように全身を警戒で尖らせた。男に自分を助けなければならない理由などなく、それがただの善意からだとはひどい経験をしたばかりのヒースには信じられなかったからだ。
ユーゴと名乗る男は家族もなく、人里離れた森の小屋で一人暮らしをしているようだった。明らかに人の手による刃傷を負ったヒースを不審に思わないはずはないだろうに、事情を訊ねることもなく食事の世話から下の世話まで、一切の感情を見せず淡々と面倒を見てくれた。
男はヒースが動けるようになっても、出ていけとは言わなかった。ただヒースがいてもいなくても変わらないといった態度で、自分の生活を送っていた。朝食を食べ終えると、ユーゴはどこかへ出かけていっては、日が沈むころ戻ってきた。山で捕った獲物を近くの集落で売っているのだと知ってからは、ヒースは男の仕事を手伝うようになった。
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