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止めどなく話し続けるアルドの声を聞き流して、ヒースは出場者用に用意された食事や飲み物の中から、コップに注いだ水を飲む。
あのとき、ヒースは確かにシュイと目が合った気がした。幼なじみの少年に何があったのだろうという疑問が、ヒースの胸を塞ぐ。
「なあ、試合の最中、何かよけいなことを考えていなかったか? ほかのやつらは全く気づいていないようだったが、お前一瞬だけ勝負を諦めただろう? いったいあんとき何を考えた?」
アルドの言葉に、ヒースはぎくりと動きを止めた。そんなヒースの心の内を見透かしたように、アルドは薄く笑った。
「案の定か? その調子じゃ大会で優勝するなんて到底無理だ。石さまを助けることなど諦めたほうがいい。――それとも、その前に俺が殺してやろうか?」
瞬間、ぶわりと肌が粟立つような感覚を覚え、ヒースは飛び退るように後ろに下がっていた。さっきまで晴れていた日が陰り、あたりが暗くなる。口元に淡く笑みを浮かべて立つ男が一歩前に踏み出したとたん、これまで感じたことのないほどの恐怖を感じた。そのときヒースは、男の瞳が深い森のような色をしていることに気がついた。
この男の望みは何だ? なぜ自分に構う? 何が目的だ?
「お前はいったい……」
アルドはそんなヒースの反応を面白がるように、片方の眉を上げた。雲の隙間から再び日が差して、さっき感じた殺気は気のせいかと思うくらい、それまで重く沈んでいた空気がふっと軽くなった。
「やだな。そんなん冗談に決まってるだろ。本気にするやつがあるかよ」
試合場のほうからわっと歓声が上がった。勝者が決まったのだ。
「それじゃ俺もがんばりますかね」
アルドはヒースの肩を叩くと、にっと笑った。まだ全身に鳥肌が立っている。アルドがいなくなっても、ヒースはしばらくその場から動けずにいた。
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