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ヒースが緊張に汗を滲ませていることにも気づかず、オースティンは大したことじゃないぞと前置きしながらも、彼が知る昔話をしてくれた。
「俺の国にも同じような古い言い伝えがある」
「言い伝え?」
「そうだ。確かこうだ。遙か昔、世界のはじまりには龍がいて、自然界や人々の暮らしを守っていた」
「龍……?」
ヒースの村にも龍神信仰はあった。かつてこの世界は龍神さまによってつくられたと信じられ、祀っていた。もちろんヒースもそうだ。だが、オースティンが語るのは、ヒースが思ってもみないような不思議な話だった。
「龍の傍らには石がいた。龍と石はいつも一緒で、片時も側を離れることはなかった。好奇心旺盛な石は、自分たち以外の世界があることを知り、龍には内緒でたびたび人間の世界をのぞき見る。そしてある日、自らも降り立った下界で一人の貧しい人間の少年と出会った。ひょんなことから少年の中に入った石は、帰り道を失い、不幸にもそのまま命を落としてしまった」
「ちょっと待て。石とは何だ? それは人間なのか? 第一、その石はどうして人間の少年の中に入ったんだ? すぐに龍の元へ帰ればよかったじゃないか」
「さあ、どうだったかな。ただの言い伝えだからな。俺の故郷では人間というよりかは、神話や伝説などに出てくる超自然的な存在とか、妖精のようなものだと考えられている。ある日、星が落ちるように生まれるのだと。その石もたまたまその少年の中に入って戻れなくなってしまったか、それともその中が気に入ったのか……」
オースティンの話に、ヒースは眉を顰める。
シュイは赤ん坊のとき、人がほとんど訪れることのない湖のほとりに捨てられていたのを、薬草を採取していた老婆に拾われた。シュイは確かにヒースたちとは違っているところもあったが、普通の人間だ。オースティンの話す石と自分が知る幼なじみの少年の姿が一致せず、ヒースは一人じっと考え込む。
そのときふと視線を感じた。こちらをじっと見るオースティンを前に、話の腰を折ってしまったことに気づいたヒースは、胸に沸いた疑問をいったん封じ込め、「すまない、話を続けてくれ」と促した。
「ともかく、石の死を知った龍は嘆き悲しんだ。その悲しみと怒りは深く、世界を滅ぼすと思われたほどだった。山は崩れ、あふれた川の水は人間が暮らす村を襲い、人々を呑み込んだ。災厄は100日間続いた。101日目の朝、龍は自らの身を喰い、永遠に続くかと思われた災厄はようやく収まった。龍の元を離れた石はやがて転生を繰り返す。いつか再び龍の元へと戻れることを願って――。つまりは創世記と呼ばれるたぐいの話だな」
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