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子どもたちの恐怖と絶望を感じ取るたびに、シュイの心は壊れていった。死ぬことも叶わず、自分が本当に生きているのかもわからずに、地獄のような日々が永遠と続いてゆく。やがて、子どもたちを何人送ってもシュイが貴石を生み出すことはないと、王都側はようやく悟ったようだった。無駄な虐殺が止んだ後、シュイは周囲から人を遠ざけるようになった。少なくとも自分と関わらなければ、王都側に利用されることはない。そのことに気づいてから、シュイは王都側の指示に従い、淡々とした毎日を過ごすようになった。
この国にとって何よりも大切な貴石を生み出せず、自尊心ばかりは高い自分のことを、人々が石さまとして敬いながらどう扱っていいか困惑していることは知っている。だが、あの子たちのような目には二度と誰も遭わせたくない。人々の前でどのような態度を取っていいのか迷ったとき、シュイが頭に思い浮かべるのは、村にいた年長の少年の姿だった。
いくら豪華な料理や衣装を用意され、石として敬われても、シュイの心はずっと空っぽなままだった。涙は一粒も流せていない。その国にとっては、未来永劫栄えると言われる貴石を。
町の広場で幼なじみの少年を見たとき、シュイは信じられなかった。シュイが知っていたころと比べて少年は成長し、精悍になっていたけれど、それは間違いなく自分が命よりも大切にしていた幼なじみ、ヒースだった。
ヒースが生きていたという事実は、泣きたくなるほどの喜びと共にシュイに深い恐怖を与えた。万が一モンド村の生き残りがいると王都側に知られたらヒースが危ない。それだけは何としても避けなければならない。
衝撃が冷めた後、シュイはとっさに驚きを隠すと、慎重にフレデリックのようすを窺った。フレデリックは自分を守ってくれるが、彼は王都側の人間だ。いざというとき、フレデリックが王都側の命令に従うのは明らかだ。幸いにもフレデリックは村で一度会っただけの少年を覚えていないようすで、シュイはほっと胸を撫で下ろした。
ヒースが生きていてくれて本当にうれしい。だけどもうそれで十分だった。自分のことは忘れて、ヒースにはこれから先、幸せになってほしい。だからヒースにははっきりとそう告げたつもりだった。
武芸大会に参加するヒースを見たとき、シュイはヒースの目的を悟った。ヒースは自分をここから助け出すつもりだ。
シュイは自分の一挙一動が見られていることはわかっていた。だからほんのわずかでも動揺してはいけなかったのに、ヒースが危機一髪で危険を免れたとき、反応を抑えられなかった。
ヒース……! なぜここまできた。いっそのこと、自分のことは忘れてほしかったのに……!
「石さま、何か少しでも召し上がりませんと……。さすがにお身体に障ります」
フレデリックの言葉が耳に入らなかったように、シュイは表情ひとつ変えずに窓の外へと視線を向ける。フレデリックがひっそりとため息を吐いたのを、シュイの耳は捉える。彼が自分を心配して言ってくれているのは本当だろう。さすがにこれだけ長い間一緒にいたらそれぐらいはわかる。だけどシュイの心は動かない。
――シュイ! こっちだ……!
幼い少年の明るい笑顔が脳裏に浮かぶ。大空を舞い、少年の腕に舞い降りるアズールの姿も。シュイが自分の命よりも大切にしているもの。誰にも奪わせはしない。
自分は役立たずの石だ。王都へきてほんの数回をのぞいて、もうずっと貴石を生み出せてはいない。役立たずの石を王都側がそのまま放っておくとは考えられない。シュイは自分の知らないところで、マーリーン公が何やら動いていることに気づいていた。だけど自分のことはどうだっていい。自分はどうなっても構わない。
だからヒース、おれに構うな。お前はこれからも生きて、幸せになってほしい。
シュイは窓の外を眺めたまま、ここにはいない幼なじみの少年に必死に呼びかけた。
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