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 村長の言う通り、やむにやまれぬ事情があって幼いシュイを手放すことになったのかもしれない。ずっとその行方を探していたという話も本当かもしれない。シュイのためを思うなら、両親が見つかってよかったと喜ぶべきなのだろう。だけど本当にそうなのかという疑念と割り切れない思いがヒースの中で渦を巻く。  ヒースはちらりと幼なじみの少年を見た。呆然とするシュイの顔には、戸惑いと不安が、それから微かな期待が浮かんでいるように感じられた。ヒースはこぶしを握りしめると、そっと視線をそらした。鼓動がどきどきと早鐘を打ち、全身が氷になったようだ。 「すげえ!」  村長の言葉に、興奮した声を上げたのはタイシだ。 「シュイ、よかったなあ! 王都って、どんなところなんだろうなあ。立派な馬に乗って、うまいものがたらふく食べられるんじゃないか。いいなあ、シュイ」  単純なタイシはヒースの複雑な思いには気づかず、幼なじみの少年に幸運が訪れたことを素直に喜んでいる。タイシに悪気がないことはわかるのに、ヒースは苛立ちを覚えた。 「シュイの新たな門出だからな、今夜は盛大に祝おうぞ。先方は一日でも早くシュイに会いたいらしくてな、準備が整い次第早急に発ちたいそうだ」  村長の言葉に、ヒースは鞭打たれたように顔を上げた。 「待ってください……! それはいくらなんでも急すぎやしませんか! ずっと探していた、迎えにきたって言われたって、勝手すぎます! 相手がどんな人なのかもわからない、大事なのはシュイの気持ちでしょう! 俺たちだって……!」  それ以上の言葉が続けられず、顔をそらしてうつむくヒースに、タイシがのんびりとした声で言った。 「ヒース、何言ってるんだよ? 相手はシュイの両親なんだろ? いまとは違う立派な暮らしができるかもしれないんだぞ。どうしたいかってそんなん決まってるだろ」 「いまとは違う立派な暮らしって、そんなことをシュイが望んでいると思うのか? 何も知らないくせに勝手なこと言うな」  ヒースの言葉に、タイシもさすがにむっとしたようすだった。 「ヒースこそ何だよ、シュイのためって言うけど、本当はシュイがいなくなったら自分が寂しいだけだろ!? 俺に当たるなよ!」 「何だと? もう一度言ってみろ!」  顔色を変え、タイシの胸倉をつかんだヒースの腕を引きはがすように、ジュンシが二人の間に割って入った。 「二人ともいいかげんにしろ。シュイのことを思うのは同じだろ。仲間割れしてどうする。タイシ、ヒースの気持ちも考えてやれ。ヒースも、シュイが困ってるぞ」  ジュンシの言葉にはっとなったように、ヒースはシュイを振り返った。 「シュイ……」  ――ヒース……。  シュイの瞳には微かな戸惑いと、自分のことよりもヒースを気遣うような色が浮かんでいた。ヒースはぎゅっと胸が苦しくなった。 「――シュイさま」
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