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 先ほど客人の中でもリーダーだと思った男が前に進み出た。男は地面に片膝をつくと、驚くシュイの前で頭を垂れた。身なりの立派な客人たちが男の行動に倣い次々に膝をついていく様を、ヒースたちは唖然とする思いで見つめる。 「騎士団長を務めておりますフレデリックと申します。マーリーン公のご命令にてシュイさまをお迎えに上がりました。突然のことに驚かれているでしょうが、私どもと一緒に王都へいらしてはいただけませんか」  頼んでいるというかたちを取ってはいるが、実際は命令に近い。王都から遣わされた使者を手ぶらで帰すことなどできない。そんなことをしたら村長の面目は丸潰れだ、当然村もただでは済まないだろう。そしたらこの村はどうなる? どくどくと鼓動が早鐘を打つ。シュイの瞳が助けを求めるようにヒースを見た。けれどヒース自身、突然の状況の変化に頭も気持ちも追いつけないでいた。 「す、すみませんが一晩だけ返事を待ってもらえませんか。お願いします」  シュイは胸元に置いた手をぎゅっと握りしめた。うつむいたまま早口で答えると、ぺこりと頭を下げた。震えるほどのシュイの小さな声に、フレデリックと名乗る男は天啓に打たれたかのようにはっとした表情を浮かべた。 「わかりました。今夜一晩ですね」  ひたりとシュイを見つめる男たちの瞳には、畏敬の念が浮かんでいる。何か目には見えない大きな流れに呑み込まれそうで、ヒースの心は凍りつきそうになる。 「――村長さま。お食事の準備ができました」  そっと前に進み出た女が村長にささやいた。 「客人の方々、宴の準備が整ったようです。こんな何もないような小さな村で恐縮ですが、今夜は存分に楽しんでくだされ」  そのとき、ヒースの手をそっとつかむものがあった。シュイだ。シュイの澄んだ瞳が何かを告げるように、まっすぐにヒースを見つめている。ヒースはこくりとうなずいた。 「シュイ? ヒース? 二人ともどこへいくんだよ……っ? これから食事だぞ」  驚いたようなタイシの声を背に聞きながら、ヒースはシュイに導かれるままその場を後にする。  深い闇が広がる夜の森を、小さな手元の明かりを頼りに進む。それなのに、早足で前をいくシュイの歩みに迷いはなかった。見慣れた銀の後頭部を眺めながら、ヒースの焦燥は募ってゆく。そのとき、ヒースは生えている木々や枝の合間から覗く星の位置関係から、シュイが自分たちの家とは反対の方角へ向かっていることに気がついた。 「シュイ、待て。どこまでいくつもりだ」  シュイの手をつかみ、ヒースはぎょっとなった。シュイの手は氷のように冷たかった。ヒースを見つめる瞳が不安げに揺れている。つかんだ手のひらから、シュイの深い悲しみと絶望が伝わってくるようで、ヒースは頭をがんと強く殴られたような気持ちになった。 「シュイ。いきたくないなら無理にいくことなんてないんだ。そのことで誰もお前を責めたりなんかしない。これまでと何も変わらない、お前はモンド村のシュイ、ただそれだけだ」  シュイに話しかけながら、ヒースは先ほどの客人たちに対する村長たちの態度を思い出し、胸に広がる不安を抑えられなかった。  タイシたちや両親は話せばきっとわかってくれる。だけど村長やほかの村人は、そして守り人はどうだろう。王都の命令に背いてまで村の少年一人を守ろうとしてくれるだろうか。いや、きっとそうはならない。彼らは村のことを第一に考える。もし仮にシュイを逃がしたら、彼らは追手をかけるだろうか。果たしてそこまでするだろうか。そのとき、この村の人たちはどうなる?
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