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一人で研究テーマを掲げてる学生もいれば、数人のグループで共同研究を進めてる人たちもいた。民俗学といえば外国をテーマにする場合もあるだろうが、ここでは日本国内の特定の地域を調べている学生が主なようだ。
「それはねぇ。…まあ、世知辛い話だけど、やっぱ先立つものがね。大学ってマジでお金ないから、今の時代」
みんなが進捗状況を報告したあと、今日発表の順番が回ってきた学生のレジュメをわたしも一緒になって聞かせてもらった。なるほどこういうのが民俗学か。結構面白いかも、と興味を惹かれないこともない。博物館の展示の内容をつい熟読するタイプの人なら、こういうの好きだと思う。
その後、すっかりわたしの体調が回復したと見ても。どうやら無理に村についての聞き取りを進めるのは今日のところはやめにしとこう、と暗黙の了解が成立したらしく、それ以上突っ込んだ質問はされなかった。
だけどせっかくだから歓迎会やろうよって話になり、流れでそのままゼミが終わったあとみんなと一緒にご飯に連れていかれる。
いや、歓迎会って言われても。わたしは別に、そもそも蒲生ゼミ志願者でもないし。大体ゼミに所属するのって正式には三年生からなんだけど…。いいのかな、これで。
まあ、別に他にこれといって今のところどうしてもやりたい研究とかないし。後学のためにゼミ活動の現場を見せてもらうのもいい経験と思えば。と考えて結局素直についていった。
ゼミのメンバーの先輩たちだけでなく。当の蒲生講師も、会食の場でそれ以上わたしに村の話題を振ってくることはなかった。
それはちょっと意外だった。いかにもこっちが参ってようが裏にデリケートな事情がありそうに見えてようが、構わず自分のペースでどかどかブルドーザーみたいに突破してきそうなタイプだとばっかり思ってたから。
「うーん、まあ。…それは完全には否定しづらいかも。でも、あれで別に人非人ってほど話が通じないわけでもないから…。本人なりに共感能力はあるのよ。まあときどき優先順位違わないか?って疑問に思うことがないでもないけど」
完全にではないがそこそこには人非人、ってことだ。まあ、想像した通りか。
あの親切な女性は院生で、名前は由田さんといった。聞けば人文学部の中で蒲生研究室は際立って院生の占める割合が多い方らしい。
「今の時代ってやっぱ余裕ないから。かなり強力な動機がないと人文系で院に進むって考えられないんでしょうね。理系と違って就職にはかえってデメリットになることもあるし…。本気で研究者になろう、って気合いがある人がうちに来る傾向。まあ、軽い気持ちでゼミを取る学生ももちろんいるけど。そういう子は四年でどんどん卒業していくからね、普通に」
今日あの場にいた人たちの半分は院生。他に所属してる数人は、現在フィールドワークや研究のために現地へ赴いて調査中とのこと。
「本格的、なんですね」
「まあね。本当に研究費が足りなくて、海外の研究テーマまでは無理で断念せざるを得ないのが悲しいとこだけど…。国内の出張でもこれくらいはいっか、とちょいちょい持ち出しで済ますことあるよ。けど好きでやってることだからね」
その考えがブラックの温床だ。
彼女はそれでも誇らしそうに、僅かに胸を張ってみせた。
「うちの大学の民俗学研究、ちょっと歴史もあってそこそこ実績あるんだよ。少し前まで在籍してた蒲生先生の師に当たる方が。結構有名な人でね」
栄転して教授になる話が来て別の大学に移ったらしい。その大学の名前を聞いてわたしは思わず顔を顰めた。
「…ああ」
「知ってる?そっか、◇◇市から近いもんね。あの大学は歴史関係とか強いんだよね。だからか、日本民俗学で実績のあるその先生を箔付けのために招聘したみたい。せっかくだから縁のできた◎◎県の研究を腰を据えてじっくりやりたい、って意気込んでいらっしゃったって話なんだけど…」
彼女が口にした大学名は、あの頃よく耳にした村の子が多く進学することで有名な唯一村から自宅通学できるあの学校だった。そういえば人文系の分野で伝統があって、規模の割に全国からそれなりに学生が集まるって聞いた記憶があるな。…あそこか。
年齢的に、今頃わたしの知ってる子たちも何人かちょうど通ってることだろう。美憂とか芳川くんなんかは進学志望だったから、多分。綺羅はまあ。…就職組かな。
脳裏にちら、と久しぶりに浮かんだあの面影が思ってたよりぼんやりしてて、明確な像として記憶されてないのに驚く。…ずっと彼のこと、意識して思い出さないようにしてたから。やっぱり仕舞い込まれたまま取り出されない記憶って、自然と色褪せていくものなんだな。
岩並くん、あのあとどうしただろう。成績的には全然大学進学可能そうだったけど。本人はとにかく野心がなくて、早かれ遅かれどのみち村で就職するんだから…なんて言ってたな。
だから必ずしも今、あの大学に通ってるとは限らない。少なくとも村から通えない外の大学には進学してないことは確かだと思うけど。
思わず回想に入り込んでいて、まだ由田さんが話し続けてるのに気づくのが遅れて慌てて意識を戻した。
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