第15章 蒲生研究室へようこそ

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話しながらちょっと不安になってきた。入学式からしばらくの間の新歓の期間、正門から校舎までの道の両側にずらりと机が並べられてたあの光景を脳裏に呼び起こして考えてみる。 あのとき、同じクラスになったばかりの子たちととりあえず数人で固まって。わたしあのサークル見てみたい。とか、天文ってなんか楽しそうじゃない?泊まり込みで星の観測とかするのかなぁとか騒いでるのに付き合って、確かにわたしも一緒に名簿に名前と連絡先を書いたとは思う。…けど。 「確か、コンパまではまだ仮入部期間だったし。そのあと正式に部員になる手続きは、わたしは天文同好会ではしなかったような…。そのとき一緒に行った友達は、今でもそのまま天文に所属してるはずなんで。彼女に訊いてもらえばそう言ってくれるんじゃないかな?追浜は自分の付き合いで途中まで同行してただけで、結局サークルには入りませんでした、って」 周りを見ても、新歓の期間にはちょっとでも興味を惹かれたサークルには新入生みんな、結構気軽に署名を残してたと思う。複数の団体の名簿に記名した学生も普通にたくさんいたはず、それは特に禁じられてなかった気がするし。 その中で、本格的に天文同好会を検討してるけど一人で大学生の飲み会に行くのはちょっと怖いから。頼むから最初だけ付き合って、と拝まれて新歓コンパまではわたしも同行した。その後、彼女は今でもそのまま部員として在籍してるはずだ。 一方でわたしの方はというと。自分が関心を持ってる分野ということでしばらくの間漫画愛好会に所属してた。好きな漫画について楽しくみんなで語り合いましょう、みたいな誘い文句が書かれていたから。 けど、通ううちに。そこではただありものを読んで感想を言い合うだけじゃなく、実際に描いてる人たちがメインで活動しててそっちの話題がほとんどって空気なのがわかって(もともとは本当に気楽にこの漫画のどこがどういいか、って駄弁るだけの場所だったらしい。数年前にすごく描くのが上手い人が何人か入ってきて、薄い本を出すようになって一気に活動内容がそっちに傾いた、とのこと)次第に通う足も間遠になっていった。 その頃には新歓の空気も完全に終わってて、どこのサークルも面子が固まってしまってたから今からまた別のとこを探すのもなぁ。となって、まあいいか。と二年になった今も素浪人のままでいる。 けど、わたしみたいな学生も実際には結構多いんじゃないかな。大学生なんて案外、全員が全員サークルでフル活動してキャンパスライフをエンジョイしてるわけでもないと思うし。 「だから、天文にまだ名前が残ってるって全然知らなかったんです。すみません。…友達にちゃんと確認しとけばよかった。申し訳ないですけど、消しといていただけますか?活動する気もないのに名簿に載ってるままだと。何かとご迷惑でしょうから」 「え?…ああ、いいのいいのそれは別に。てか、俺も。最近全然天文は顔出してないし。そもそもこっちも幽霊だからさ、あのサークルでは」 真面目に頭を下げて謝ったのに。返ってきたのはそんな、あっけらかんとお気楽な返答だった。 意外な反応に呆気に取られ、わたしは機嫌よくにこにことこっちを見てるその人の顔を思わず正面から見返してしまう。 「え。…そうなんですか?」 「うん、俺もメインで活動してるサークルは別のとこなんだ。天文はね、友達が結構多いから。ぶっちゃけ飲み会盛り上げ要員と、あとは夏の合宿が好きで参加してるだけなのよ。あ、夏合宿はマジでいいよ。星の綺麗な高原に行ってさぁ。野外で夜、みんなで野原に転がってのんびり観察するんだ。あんな気持ちいいことないから、是非お勧めだね。友達まだ所属してるんなら、来年は頼んで連れてってもらうといいよ。俺もまた顔出すつもりだし」 「はぁ」 明るく繰り出されるマシンガントークには突っ込む隙もなく、途方に暮れて小さく相槌を打つしかない。 どうやら、天文に所属してるくせに全然顔出さないのは問題だ。真面目に参加しなよ、と意見しに来たんじゃないってことはわかった。それはまあ、よかったけど。 そしたら。一体この人、何のためにわたしに声をかけてきたんだ?一年以上前にちらと、お互いきちんと所属もしてないサークルの新歓コンパですれ違ったかどうかってだけの間柄でしかないのに。 ここでナンパか?と瞬間頭に浮かびもしない、浮いたところのない平和な学生生活を地味地味に送ってるわたしの日常の悲しさよ。と思いつつ、それでもまだその人がじゃあ。と立ち去りもせずにそこに座ったままでいるのは。何かわたしに具体的な用事があるからなんだろうと考えるのが妥当な判断、て気もするし…。 「えー、と。そしたら」 わたしに何の用ですか。ともストレート過ぎて訊きにくく苦慮してるわたしに気づいてるのかいないのか。彼はどっかりと椅子に腰かけたまま、むしろ寛いでる。とでもいった面持ちでいきなりあっけらかんと切り出してきた。
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