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「いや実はさぁ。◎◎県出身者をちょっと、探してんのよ。追浜さん、確かそうでしょ。新歓の自己紹介でも言ってたよね?」
「え。…そう、です」
まあ、出身県くらいの個人情報は。普通にどこでも言ってるな、特に秘密にしなきゃならないほどのことでもないし。と一瞬上目遣いになって考えあぐねる。
村関係なく、生まれも育ちも◎◎だし。大学入学直前まで住んでたところも県庁所在地の○×市だ。母親も今でもそのままそこに住んでるし、出身地どこ?って尋ねられたら他の答えは選択肢にない。
だけど、今通ってるここの大学はすぐ隣の県の国立大学だし。近いから、◎◎県出身者なんて石を投げればすぐ当たる程度の珍しさだろうに。
何だってわざわざ、一年以上前に新歓でちらと自己紹介を聞いた程度の仲のわたしを探し出して声をかけたんだ。いかにも顔の広そうな人だから、いくらでも他に◎◎出身の知り合いなんて見つけられそうたものだけど…、と考えてるわたしに。がたん、と勢いよく立ち上がり手を差し伸べた。
「オッケー、だったら話は早い。…行こう、追浜さん。あ、ちょっとだけ。付き合ってほしいんだけど。このあと講義ある?」
「いえ、…でも」
次の講義が入ってないらしく、他にも数人の学生がそのまま教室に居残ってのんびり駄弁ってるのをいいことに一緒になって居座ってたことに気づいて今さらながらほぞを噛んだ。…これで、いえ実は次の講義が。なんて言い張っても説得力ないな。もうそろそろ6時限目が始まる時間だ。
予定が入ってるならとっくにさっさと長話をお断りして切り上げて、移動を済ませとかなきゃいけない頃合いだった。
そういうわけで、どう見ても嘘か口から出まかせって丸わかりの次の予定が…って弁解が言い出せなくて、何となく流れでその人と一緒に教室を出る羽目になる。
彼は特にべたべたしてくることはなく、差し出した手も本当にただの振りだけ。並んで廊下を歩きながら裏心のない口振りで、機嫌よくべらべら喋り続けた。
「いやいや追浜さんがいてくれて、助かったよぉ。うちの大学なんて結構近いんだから。◎◎県出身者、いくらでもいそうだって思うじゃん?けど、いざ探し始めると案外そうでもないんだよね。片っ端から知り合いに打診してみたけど、いざ確認してみると違う、そうじゃないってがっかりするパターンばっかりで。それで真剣にいろいろ思い返してみたら、君が新歓コンパのときに話してたときの記憶を。ようやく思い出せてさぁ…」
「あの。…それで今から。どこ行くんですか?」
すたすたと、自信たっぷりに早足で校舎の廊下をずんずんと進んでいく。何となく会話の内容に頭を引っ張られてて、これから天文同好会の部室にでも行くのかな。とぼんやり考えちゃってたけど。
思えばそもそもわたしだけじゃなく、向こうも幽霊部員で最近ろくに天文には顔出してないって話だったし。今彼が脇目も振らずに進んでるのは、わたしの微かな記憶にある天文同好会の部室とは真反対の方向だ。
大学の構内でそんなに危険な場所があるとは普通思わないけど。理由も聞かずにうかうかと何処へでもついてく奴とは思われたくないし、思い返せば片腹痛いが自分にそういうとこがないとも言い切れないので。まずはちゃんと説明を求めよう、と遅ればせながら気づいて慌てて尋ねた。
彼はすたすたと大股に歩いて、わたしがそれまでの一年半ほどの学生生活の間に一度も足を踏み入れたことのない棟へと繋がる廊下を進みながら振り返る。
「あ、こっち来たことない?研究棟。教授とか講師とか、助手の先生たちが普段使ってる建物だよ。…うん、あのね。知り合いの先生にちょっと、紹介したいんだ君を。あ、俺の名前。曽根って言うんだ。曽根鷹見」
「は。…追浜柚季です」
こんなところで歩きながらぺこぺこと頭を下げてやることではない。と思いつつ釣られて改まって自己紹介をする。
言われてみればそんな名前の先輩と、飲み会で会ったことがあったようななかったような。新入生の頃はとにかく初めて会う人の数が半端ないし、ただでさえ人の顔を覚えるのは得意ではないから、そのとき会ったのが本当にこの人だったかどうかは遠い記憶の彼方だ。けど個性的な名前だから、音の響きに漠然と覚えがなくもないかも。とそのとき初めて思った。
「いや、ねぇ。…実は俺の取ってる講義の話なんだけど、今年」
研究棟には初めて来たけど、見た感じ建物としてはかなり古そうだ。年代物のエレベーターの扉の前に立ち止まり、押すとぺこん。と安っぽい音のするボタンを雑に叩いてから曽根さんはわたしの方に向き直って説明を始めた。
「まずさぁ、俺。そこそこ真面目に学校に来てるつもりだけど。実は、本格的に取り組んでる方のメインのサークル活動が、結構多忙なのよ。時間も食うし金もかかるしさ。それで活動そのものだけじゃなく、バイトなんかも忙しくって。それでその先生がさ。この講義は出欠は基本重視しない、なんて。年度の最初のときに言うもんだから」
うぃん、がたがた。とやばそうな音を立ててエレベーターの扉が目の前で開いた。
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