ホワイトボックス

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「……ん……?」 「あー、やっと起きた」 「! お兄ちゃん!?」  がばっと跳ね起きると、肩にかけられていた毛布が床にずるりと落ちる。いつの間にか、私はリビングのソファーに寝かせられていた。  ……あれ。  何が、どうなったんだっけ。 「お前、もう公園のベンチで寝落ちすんなよ。大変なんだからな、運ぶの」 「……は、運んでくれたの?」  え、お兄ちゃんってそろそろ大学受験の時期では……? 最近ぴりぴりしてたし忙しそうだったのに。  しかも公園のベンチで寝落ち? 私いつ寝ちゃったんだっけ……。 「別に運ぶくらいするだろ。母さんに車出してもらったけど」  え、待って待って、つまり一度公園まで来てくれたってこと? わざわざ?  混乱していると、 「あっ、起きたの? もう大丈夫~? 眠いなら、塾の時間変えてもらおうか? 来月からちょっとだけ早めにして」  台所から、ぱたぱたお母さんも駆け寄ってきた。  毎日見ている顔なのに、なんかずいぶん長いこと見てないような……と思ったら、そういえばいつも会話する時って、お母さんから目を逸らすか、目の前にあるテキストや食事やスマホから目を離さないままだった。  だいたいお母さんと話すときって小言を言われるときで、イライラしているお母さんの顔を見たくなかったし、なるべく聞き流したくて真面目に聞かなかったんだ。 「……勉強、頑張ってるんだね」  ソファーから上半身だけ起こした私に目線を合わせたお母さんが、ふっとゆるく笑って、私の頭をなでる。  え、と息がとまって。  それだけのことで、なんだか泣きそうになってしまう。  優しい声。久しぶりに見る、お母さんの笑顔だった。  そういえば頑張ってるなんて、最近ずっと言われてなかった。 「おつかれさま」  ぶっきらぼうながらも、お兄ちゃんも声をかける。「じゃ、勉強してくるから」とさっさと部屋に戻っていく背中を眺めながら、私はこくんと頷いた。 「もうちょっと寝てる? ご飯にする?」  聞きながらお母さんが、私を抱きしめてくれて。  じわっと目に涙が滲む。 「……べ、勉強、する、部屋で」  細い、濡れかかった声が出た。泣いちゃいそうだから部屋にいたくて、それに今、なんだかすごく勉強したい気分だった。 「そっか。じゃあ終わったらおいで」  お母さんが離れ、「あ、そうだ」と机の上を指さした。 「それホワイトデーだから、お兄ちゃんとお父さんで買ってきてくれたの。食べていいよ」  そう言って、急ぎ足で台所に行く。  私も立ちあがって……机の上に、箱がひとつ、置いてあるのが目についた。 「あ」  目を見開いて、それからすぐに腕を伸ばして手に取る。  白い白い、白い箱。公園のベンチで、拾った箱。  なんでここにあるんだろう、やっぱり夢だったのかな。  ついさっき感じたばかりの手触りで、箱を開けてみる。 「……わ、え」  ハート形の可愛いチョコがひとつ、座っていた。箱のふたの裏には、マジックペンで「いつもおつかれさま」の文字。 「……」  また泣きそうになって、目をこすった。  チョコを口に入れる。 「にが」  苦いチョコ、もしかして私が甘いの苦手だから選んでくれたのかな……そんなわけないか。いや、でもそうかも。  口の中で、ほろほろチョコがとけていく。私は勉強をやめることにして、チョコを口で転がしたまま台所に顔をのぞかせた。 「お母さーん、なんか手伝うことない?」  お父さんとお兄ちゃんには、今からじゃ間に合わないから来年力作をあげよう。それでなんとかつりあうはず。  てのひらのなか、真っ白な箱をぎゅっと握り締めた。  だって今日はホワイトデーだ。  ちょっとくらい、優しくなってみたいもん。
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