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ホワイトボックス
「……はあ」
もう三月なのに、二月の気配が町のところどころに取り残されている。だんだんと春風が優しくなってくるなかで、どこか寂しそうな北風がたまに吹く今の時期、夜は冷え込む。
コート持って来ればよかったな、とうつむいて、温かさなんてみじんもない制服のポケットに突っ込んでいた手を口元に添え、ため息をついた。すると、にょきにょき首を伸ばしながら危なっかしいつま先立ちで背比べをする高層ビルの間に、かすかに白く透けた吐息がふっと飛ばされ、一瞬で消え去る。
町は綺麗だった。歩いていく人達もみんなお洒落に着飾っているし、サラリーマンもよれよれのスーツを直しながら歩いていて、派手な原色のネオンが頭の裏でチカチカして、上からはビルやマンションの窓をくっきりと際立たせる室内の明かりが絶え間なくそそぐ。
カランカラン、コツコツコツ、ぺたぺた、と色んな靴の話し声がさざなみのように広がって、遠くからうるさいバイクのエンジン音ががなる。
町は綺麗だった。計算で設計された、新品のオモチャみたいに。季節感なんてまるで関係ない、年中同じ顔をした町は。いつ来てもぴったりと正確に整っていて、汚れたもの、古いものは何一つなくみんな綺麗に磨かれて、余計なものは全部省かれて、きらきらと眩しい色が回る。ぐるぐる、ぐるぐる、頭の裏を周っている。ひたすら、ずっと。
「はー……」
ニ回目のため息。
吐きだされた白が、さっきより少し鮮明になる。でもやっぱり、圧しかかるつくりものの街明かりの中に、あっという間にかき消された。
夜十時過ぎ、塾の帰り道。今から電車に駆けこんで家に帰って、明日の学校の予習をやって、時間があれば塾の宿題を終わらせる。なかったら、塾の宿題は明日、通学中のノルマに繰り越し。
何冊もの分厚いテキストとノートのせいじゃない、肩に食い込む重いバッグを持ち直した。
心の中にどろどろたまった嫌なものを体の外に吐きたくて、三回、四回と続いてため息。ふらりふらりと、適当な足取りで駅へ歩きながら。
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