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「三月なんて嫌い、春なんて嫌い、卒業式なんて大嫌いだ」
わたしは心の中で呟いた。
だって、先輩がこの学校からいなくなる。
式場の寒さにこわばった両手両足より、パイプ椅子の虐待に耐え抜いた腰より、ハートが痛い。過去イチの激痛だ。死にそう。
明日から、わたしは先輩と会えない。
式が終わるとわたし達は先に体育館から出た。卒業生たちはまだ体育館の中で記念写真を撮ったり、記念品を受け取ったりと色々やる事がある。
わたし達は出口近くに他のクラスメートたちと並んだ。後から出てくる卒業生たちを送り出すためだ。今日ばかりは先生も『きちんと並べ』なんて堅苦しい命令をしてこないから、在校生はそれぞれ友人同士や同じ部活仲間で固まって待機する。
用意していた花束やプレゼントを取りに行く生徒たち、泣きじゃくって友達に支えられてる女の子、かったるそうに空を見上げる男子たち。自分のスマホで時間つぶしをする子。待機時間の過ごし方はさまざまだ。
わたしは黙って唇をかみしめ、ひたすら出口を見つめていた。
校舎のあちこちに植えられた桜はまさに満開、いい感じに薄桃色の花びらをまき散らして、別れと旅立ちの季節を演出してる。
音楽とともに、卒業生たちが体育館から出てきた。
わたしは無言で先輩の姿を探す。一組、二組……いた。先輩を好きになってから、わたしの動体視力は爆上がりだ。
すらっとした長身、クラスメートの男子と何か話しながら歩いてる。手には卒業証書の筒と記念品入りの紙袋、普段よく持ってたバッグ。
今年度の一学期。委員会で偶然知り合って、名前を憶えてもらっただけ。時々廊下ですれ違ったらあいさつするだけの間柄だ。それだけ。ホントにそれだけの相手。
だから、わたしにはもう先輩と会う機会がない。
卒業生たちはグラウンドの半ばまで、だらだらと歩く。左右から差し出される花束やプレゼント、投げかけられる別れのあいさつ。長い長い時間のあと、やっと先輩がわたしの前に来た。自分から駈け寄ればいいのに、いくじなしのわたし。
「卒業、おめでとうございます」
のたのたとお祝いの言葉を引っ張り出す。先輩はいつものさわやかスマイルで応じてくれる。
「ありがとう」
桜の舞うグラウンド、笑顔の先輩、ひきつり笑顔のわたし。
ここで告白した方がいいんだろうな。少女漫画なら絶対やるべき場面だ。『ずっと好きでした~!』なんてね。盛り上がるに決まってる、くっつくにしろフラれるにしろ。
でも、わたしにその勇気はないんだよ、残念。勝率低すぎる。
「今日、いいお天気で良かったですね」
上司にこびるサラリーマンみたいに、天気の話題を振るのが精いっぱいだ。
「それはまあ、日頃の行いがいいから」
合わせてくれる優しさが好き。ほんわかした癒し系スマイルが好き。さりげなくプリント作りを手伝ったり、一緒に議事録をまとめてくれる気遣いが好き。共に過ごした時間はほんのちょっぴりなのに、わたしの中の先輩は人生で最重要人物になってる。
「――――あんまり、話す時ってなかったよね」
「そうですね」
「でも、泣いてくれてるんだ」
やば、バレてしまった。待機の間にしっかりハンカチで証拠隠滅したつもりだったのに。きっと赤い目になってるんだろうな。わたしは言い訳をしようとして、やめる。だって、先輩との別れが悲しいのはホントだから。
こらえていた涙がぽろり、こぼれてしまった。頬を伝う感触。やっちまった感に苛まれて、わたしはグラウンドに立ち尽くす。
「さびしいです」
少しだけ弱音。告白なんて無理だけど、これぐらいは許されるよね。
「うん、俺も」
やっぱり先輩、優しい。
春らしい強風が、桜の花びらとわたしの涙を吹き飛ばす。あちこちで女子たちの悲鳴があがった。
「もっと色々話したかったかな、って」
先輩の言葉に嬉しさがこみ上げる。そんな風に思っててくれただけで光栄だ。ブラボー、片想いバンザイ。別にめでたい事じゃないけど。
「そうですね」
「校内で会うこと自体、めったになかったからなあ」
なんて言いながら、先輩はふいに片手を上げた。
指先が、わたしの頬に触れる。
「え?」
びくっとしたわたしの前に、先輩が何かを差し出した。
しわくちゃになった、桜の花びら。
さっきの風で、濡れた頬にくっついてたんだろう。
その場で硬直してるわたしに、先輩はいつもの笑顔で聞いてきた。
「スマホ、持ってる?」
わたしのスマホに、大事なデータが保存された。
濡れた桜の花びらの画像と、先輩の連絡先。
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