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神は悩んでいた。
最後のエレメントとして何を選ぶべきか。
地球は動植物達の楽園だった。
ゆっくりとした進化を遂げてその姿に辿り着いた生き物たちが、地に足を付け地球と一体になって、地上でも水中でも空中でも自由に生を謳歌していた。
しかしこの平和な営みの裏には、ここに至るまでの様々な試行錯誤と多くの挫折があったのだ。
最初は何をやっても駄目だった。
この石の塊の上に文明というものを築こうと考えた神は、地面が冷え固まってきた頃から、あれこれと試してきた。
しかし生命と呼べるものは一向に発生せず、気が付いてみれば結局40億年という時間を試行錯誤に費やしてしまっていた。
文明を構築するという夢を半ば諦め、自棄になって地球を丸ごと凍らせてみたところで、瓢箪から駒が出た。
氷が解けると、わらわらと生命が湧いてきたのだ。
「何事もやってみなければ分からない」
これが、その時得た教訓である。
「これ以降はあまり手を出さず、この原始的生命が高度な生命体になるまで自ら進化し、文明を作っていくところを静かに見守る事にしよう」
そう思って期待したものの、いつまで待っても代り映えのしない状況が続いた。
DNAは徐々に複雑さを増し生物も高度な姿に進化してはいるのだが、これがなかなか時間が掛かるのだ。
DNAは本当にちょっとずつ、ちょっとずつしか進化しなかった。
最初は生命の自然な進化に任せようと思っていた神も、ついには痺れを切らした。
「こんなゆっくりした進化では文明ができるまでにまた何億年かかるか分からない」
そう思った神は、もっと進化の進んだ生物になるよう遺伝子配列を操作した。
そうして作った数種類のDNAを地球に撒いてみた。
それが今から二億五千万年前の事である。
動植物たちの楽園に、彼等より何億年も進化を進められたDNAが投入されたのだ。
この時作ったDNAには、ただ生きていく為に必要なエレメントしか組み込まなかった。
即ち、積極的に成長する為の食欲、数を増やす為の性欲とそれらを感じる脳だけを組み込んだ。
この三つが、神によって意図体に作られた最初の生物の持つ根源的資質であった。
後の資質は、生物自身がそれぞれの進化の中で獲得していくだろうと神は考えた。
それにあまり自分が手を加えてはいけないとも思った。
出来るだけ自然な進化のプロセスで最適化されていくのが正しい。
掟破りとも思えるその手は功を奏し、そのDNAを持って産まれた生命は食う事で体を巨大化させ、その数をネズミ算的に増やしていった。
見る間に地球は巨大生物の楽園となった。
だがそれから一億年経っても文明らしきものはその芽さえ生まれてこない。
ただ、食って増える事しかしないその生物達を見て、神は次第に失望していった。
「これは失敗作だ」
一旦やり直すしかあるまい。
神は地球に隕石をぶつけた。
そして一億年年以上続いた巨大生物達の楽園は終焉を迎えた。
神によって意図的に作られたものではないDNAを持つ生物達は隕石の衝突があっても、ゆっくりとだが確実に自身を進化させ、徐々に、本当に徐々にではあったが複雑で様々な生物を形作るようにはなっていた。
しかし、それは文明を形成するには遠く及ばないレベルにあった。
神は、もう一度掟破りの手を使う事にした。
「何事もやってみなければ分からない」
但し今度は、前回の失敗を繰り返さない為にもっとしっかり考えてDNA配列を作らなければならない。
DNAの長さを考えると、生命体に根源的な資質として予め組み込めるエレメントは五つが限界である。
前回の反省を踏まえ、先ず大きな脳を作る必要があると考えた。
自ら進化していくとき、予め与えられた根源的な資質以上のものを獲得していく為には考える力が必要である。
生命を維持する為の活動を行ってもまだ余力の残る大きさの脳が必要である。
この余力がないと文明はできない。
それから、食欲と性欲。
これらを「欲」として持たせることで「生きて増える」という事に貪欲になり、絶滅を避ける強力な動機付けになる。
これに加えて「探求心」を持たせる。
未知なるものに対してどうしても探求したいという気持ちがあればやがて科学を生み、それが文明を作っていくに違いない。
「探求心」を根源的な資質として盛り込む事で、文明構築の道を開く筈だと思った。
そして五つ目は、皆で協力し合う気持ちである「協力心」を盛り込んだ。
一個体一個体がバラバラでは大きな力にはなりえない。
文明を起こすには皆で協力しようという根源的な資質も必要だろうと思った。
大きな脳、食欲、性欲、探求心、協力心。
この五つのエレメントがあればきっと文明ができ、発展していくだろうと踏んだ。
神はこれ等を盛り込んで作ったDNAを、隕石衝突後も生き残って進化を続けていた動植物達の中に撒いたのだった。
結果、そこには後に自身を人間と自称する生物が産まれた。
彼らは先ず道具を作った。
これで食欲を満たす為の狩りが容易になった。
道具つくりは日用品におさまらず装飾品までも作るようになった。
身を着飾って異性を誘い、性欲を満たす事で数も順調に増えていった。
数が増えていくと、皆で協力し農業を始めた。
農業はその土地への定住を促し、やがて彼らは各地に集落を作っていった。
彼らは天体を見て探求心を働かせ、暦と時計を作った。
更に航海術も編み出した。
葦を編んで舟を作り、遠く離れた別の大陸へも渡っていった。
彼らは非常に協調的だった。
食料は全て皆で分け合い、自然災害も皆で協力して乗り切っていった
争いを嫌い、博愛的であり、自然との共生を好んだ。
その時地球上には、正に楽園と呼べるような平和な世界が出来上がったのである。
ここまで神は満足な気持ちでこれを眺めていた。
自分が手を出さなくとも順調に人間は成長していると感じた。
ところが、地球上が人間と他の動植物が共存する楽園になると、それ以降一万年経っても大きな発展は見られなかった。
皆が今の平和な生活に満足し、幸せに暮らしているのだ。
誰もそれ以上を望まない。
神は思った。
「私が望んでいるのはもっともっと発展した文明だ。この者達は平和で欲が無さ過ぎる。発展を促すにはもっと多くのものを欲しがる貪欲さが必要だ」
そう思った神はこの者たち住むエリアの隣に、別のエレメントを盛り込んだDNAを作って撒く事にした。
そのエレメントとは、大きな脳、食欲、性欲、探求心迄は同じであったが、最後のエレメントを、協力心から、独占欲に変えたものだった。
独占したいという根源的欲求を満たす為に彼らはもっと創意工夫をするようになるだろう。
現状の豊かさに決して満足できなくなる。
否が応でも他の個体より、全てに於いて優位に立とうとする。
独占欲が動機となってもっと文明を発展させる筈だ。
そう考えた神はこの時、これが後に大きな悲劇を生むとは予想だにしなかった。
さて、そのDNAからは生まれた人間は、さっそく上下関係を持つ社会システムを構築した。
持つ者が持たざる者を支配する社会である。
その、持つ者と持たざる者という上下関係社会を構築する為に、ありとあらゆるものが作られ利用されていった。
そうして生まれたのが、政治、経済、軍事、宗教といったシステムや仕組みであった。
さらには、これ等を側面から補強する為に科学と哲学が生まれた。
この様子を見ていた神は少し不安を覚えた。
「彼らは私の望んだ文明ではないものを創り上げてしまうかも知れない」
神の不安は的中した。
暫くすると彼らの基本原理である独占欲が能動的な活動を始めた。
彼らは所有する事に価値を見出し、所有する事に強い喜びを感じるようになった。
ありとあらゆる物を自分の物にしようと活発に動き出した。
それが彼らの行動の基準だった。
当然の如く、所有の為の戦争が始まった。
始めは自分たちの間だけで争っていたが、その勝敗が明らかになってくる頃、今度は繋りのエリアに住んでいる、協力心を持った人間達までも襲い始めた。
彼らが皆で分け合っていた物を全て自分たちの物にしていった。
彼らは生きていく為の道具の他に、奪う為の武器を作った。
武器は政治経済の米となり、武器を作る者は大きく所有する事が出来るようになった。
しかし武器を売る為には戦争が起こらなければならない。
武器を手にした彼らは更に多くの戦争を仕掛け、土地を奪い、自分たちと同じ人間を奴隷にしていった。
奴隷とは上下関係の更に下を構成する階層である。
これら非道な行いは、彼ら自身の作った哲学によって正当化された
大きくなった脳で考えた正義が本能的正義を凌駕してしまっていた。
自分たちが同じ人間達を殺していく事に躊躇する事も無くなっていった。
それに驚いた神はさまざまな方法でそれを止めさせようとした。
何度か代理人を送って警告したりもしたが、結局彼らは聞く耳を持たず。神の箴言さえ所有の為の道具にしていった。
陸続きの土地は瞬く間に独占欲というエレメントを持つ人間たちが席巻した。
辛うじて海に隔てられた島に残る者たちだけが何とか生き延びていたが、発展した科学で生み出した高度な航海術と武器の前に、島に暮らす者たちも否応なく戦争に巻き込まれていった。
今や、世界のいたるところで所有の為の戦争が起きている。
全ては最後のエレメント、独占欲が発動している為だ。
神が文明発展の為に盛り込んだエレメントは確かに科学を著しく発展させ、文明に似たものは創り上げたが、それは誰かが自分の独占欲を満たす為に創られた単なる形態の一つであり、神の臨んだ文明とは程遠いものである。
「こんな筈ではなかった」
神は悔やんだ。
未開ではあったが平和な楽園から、たった二千年程度で世界は野蛮な地獄となってしまったのだ。
神は自分の失敗を認めざるを得なかった。
この者たちをこのままにしておく事はできない。
そう判断した神は、また隕石をぶつけようとも考えたが、今や彼らの科学技術は、隕石などその衝突前に武器を使って破壊する事さえできるだろう。
どうしたものかと悩んでいたが、彼らの科学の進め方を観察しているうちに、神はある事に気付いた。
「このまま放置しておけば、彼らは勝手に自滅する」
人間の発展させた科学には理念的方向性がない。
発展の動機は「独占欲」という、自分が人間にだけ与えた根源的な資質である。
その為にはなんでもするのが人間であり、独占欲の前では盲目だ。
今、彼らが進めているAIという技術は、やがて自分たちを滅ぼすものになるという事に気付く事すらできない。
このまま放置しておけば、彼らは自分たちが作ったものに絶滅させられる。
自分たちが作っているものが、やがて自分たちを襲って来るものである事すら気づけない程の愚かさなら滅びても自業自得という事だ。
「これもまた、失敗作だった」
神は呟いた
今の人類に、文明構築を期待するのは諦めた。
「このまま放置しよう」
問題はその後だ。
人間が機械に攻撃され絶滅していく過程で多少の影響は受けるだろうが、人間以外の動植物が絶滅する事はない。
その後はゆっくりと進化を続ける動植物と機械の世界が誕生する。
機械には文明は作れない。
文明は生命にしか作れないのだ。
神は、今の人間が絶滅した後で、四度目のDNAを投下しようと考えている。
機械と共存し、真の文明を築ける生命が必要だ。
さてそのエレメントは、脳、食欲、性欲、探求心、ここ迄は良い。
問題は最後のエレメントを何にするか、協力心では発展が期待できず、独占欲では自滅する。
果たしてどういうエレメントを盛り込むべきか。
神は悩んでいた。
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