第一章 夢への第一歩

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 退職願を提出してからの一ヶ月間、章は忙しかった。  仕事の引継ぎをしながら、転居先を探す。  自動車学校に通い、新車を検討し、家具を選ぶ。  忙しかったが、苦痛ではない。  全てが新しく、鮮やかに塗り替えられるのだから。  そして一ヶ月は瞬く間に過ぎ去り、章はめでたく新居の畳の上に寝転がっていた。  まだ青い、良い香りのする、畳。  購入したのは中古物件だが、和室の畳は新調したのだ。  メインストリートから、道一本山寄りに入った住宅地の一戸建てを、章は選んだ。  駐車スペースは充分あるし、庭も広い。  家具を入れ、羽毛布団を揃え、キッチンを整え、バスルームをデザインした。 「後は……」  寝返りを打って、章はつぶやいた。 「誰か、隣に。傍にいてくれる人がいれば、いいな……」  恋人が欲しい欲しいと、がつがつしているわけではない。  そこまで飢えては、いない。  ただ、章はこのところ人恋しかった。  両親も、兄弟も、親戚すらいない、施設育ちの章。  そっと寄り添い、時を分かち合ってくれる誰かが、欲しかった。
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