3人が本棚に入れています
本棚に追加
ソメイヨシノは、死んだ──
毎年この時期になると、心がざわつく。だからといって特に何も変わらないのだけれど、周りからはそうは見えないらしい。何というか、心ここにあらず、と言えば理解してもらえるだろうか。
有名な、祇園しだれ桜の根元にしゃがみ、そっと手を合わせた。そうしたところであの人に届くことはないのかもしれないけれど、良いも悪いも思い出深い向こうへは、到底行く気にはなれなかった。
血で染まったソメイヨシノを、この頃では夢に見なくなったけれど、私の記憶には今でも鮮明に残っている。
総司さんの体は未だ見つかっていない。だからと言って、生きている可能性は限りなく低いだろう。頭では、もうとっくに分かっている。
あの日に取り残された気持ちとうまく折り合いをつけながら、三度目の春が巡ってきた。
春隣。満開の桜はもちろん美しいけれど、ぷっくりと膨れた桜の蕾を愛でるのはとても気分がいい。小指の先よりも小さな蕾に、その何十倍も生を感じる。
──総司さんと出会った時の話をしよう。
春とは名ばかりの厳しい寒さの日だった。油小路通りから、仏光寺通りを東に入ってすぐ、この辺りでは見かけない集団とすれ違った。男性ばかり十数人、どこか人を寄せ付けないような風貌に思わず身構えた。けれど、あからさまに目をそらしては、変にこちらが怪しまれやしないかと、平然を装って歩いていた。
その最後尾に、総司さんがいた。彼だけまるで雰囲気が違った。妙と言えばそうなのかもしれないけれど、ただひとり、穏やかな顔をしていたものだから、思わず二度見した。一目惚れだった。
彼のことを知れば知るほど想いは募るばかりだった。反面、後ろめたさもあった。なぜなら私には、彼と出会うよりずっと前から許婚がいたからだ。許婚の彼とは幼馴染みで、お互いに初恋だった。「大きくなったらサヨをお嫁さんにする」、そんな、幼い頃に交わした約束を、大切に守ってくれる優しい人だ。
私自身も、幼馴染みの彼の元に嫁ぐとばかり思っていた。けれど、二年ほど前から姉の体調が優れない日が続き、予定していた姉の縁談が白紙になってしまった。そんな姉を置いて、自分が先に嫁に行く気には到底なれなかった。
悩んで、悩んで、悩んで、分からなくなった……
そんな時、総司さんに出会ったのだ。
彼はとても聞き上手だった。それも相まって、どんどん夢中になっていった。嫌な顔ひとつせずに、黙って私の話を聞いてくれた。家族のこと、姉のこと、そして、私に許婚がいることも。話を聞いてくれるだけで、心が軽くなっていった。
小さく固い蕾がほころび始めた頃には、もはや後戻りはできなくなっていた。
大半を占めていた後ろめたさは、総司さんと逢瀬を重ねるたびに音を立てて私の中からこぼれ落ちていった。だからといって、こぼれ落ちたそれに手を伸ばそうともしなかった……
最初のコメントを投稿しよう!