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湿った空気が肌にまとわりつくものだから、うまく着物がさばけない。もう少し、ゆっくりと歩けばそんなことはないのだろうけれど、気持ちばかりが焦ってどうしようもない。
先日、たまたま匂袋の店の前を通りかかった時、甘い香りに足を止めた。他の誰でもなく、総司さんの顔がぱっと浮かんだからだ。その足ですぐに店に入り、それらしく香りをかぎながら、どれが一番彼に似合うだろうかと、選んでいるだけで心が弾んで仕方なかった。
一層のこと、着物の合わせを両手でつかんで走り出したい気持ちだけれど、もちろんそんなことはできない。
相変わらずの足取りで、彼の元に向かった。
その日、総司さんは出かけていて、匂袋を直接手渡すことはできなかったものの、次に会う楽しみができたと思った。帰り道、あの甘い香りに包まれた彼に触れられることを想像しただけで、胸が高鳴った。
──けれど、私の思い描いた次が訪れることはなかった。
数日後、総司さんと会った。会うなり、匂袋を返された。それから、もう会えないと言われた。
急すぎる展開に、頭が追い付かず、何も言えなかった。
返された匂袋を、どうしようもなくて懐にしまった。次の瞬間、後悔した。ふわりと香る甘い香りに鼻の奥がつんとなり、本能的に走り出していた。こんなところを誰かに見られてはと、近くにあった名前も知らないお寺に入り、子供たちの楽しげな声から逃げるようにお堂の裏に隠れた。我慢の限界だった。
堰を切ったように後から後から涙が溢れてくるものだから、嗚咽が止まらなかった。口元を両手で覆って堪えるけれど、それになんの意味もないと気付いた瞬間、諦めた。泣き止み方が分からない赤ん坊のように、ただひたすらに泣いた。
──意識がぼんやりする。まぶたは重く、体もだるい。今日だけで、もう一生分の涙を流したのではないだろうか。
だらりと壁に寄りかかり、大きく息をついた。意外にも落ち着いていると思った。けれどすぐにそうではないと思い直した。単純に、泣き疲れただけだったのだ。
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