ソメイヨシノは死んだ

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 ──痛みで目を覚ました。しばらくして、見覚えのある部屋の風景に落胆した。とは言え、ほんの少しばかり安堵している自分もいた。  あんな中途半端なやり方では、死にきれなかったのだ。自嘲して、薄ら笑う。そんな私を心配そうな顔で覗き込んでいるのは、私の許嫁だ。この際、汚い言葉でもなんでも、投げかけられた方がましだと思った。それなのに、泣きそうな顔で笑うから、彼よりも先に涙が溢れた。その瞬間、どっと後悔が押し寄せた。  彼は多くを聞いてはこなかった。ただ、生きていてくれて良かったと、力いっぱい私を抱きしめた。  それからしばらくして、ある噂を耳にした。  「新選組の沖田総司が姿を消した」  噂によると、三条木屋町の旅籠で起きた事件のあと、忽然といなくなったらしい。  私の知る限り、中途半端に逃げ出すような人ではなかった。そうなると、敵対する勢力の誰かによって命を奪われてしまった可能性が高い。仮にそうだとしても、遺体すら見つかっていないそうだ。  正直、いても立ってもいられなかった。けれど、その感情を抑制できるのは自分だけなことも分かっていた。  総司さんの元へは行かなかった。  今度こそ、彼のことは忘れ、前だけを見て生きていく、そう決めたのだ。  一呼吸。細く、長く──  次に息を吸い込む前に、名前を呼ばれて呼吸が乱れた。顔を上げ、声の方に返事をする。  立ち上がり、しだれ桜に向かって自分なりに微笑んでみる。こぼれ落ちんばかりの花を付けた枝の先が、ぶつかり合いながら春風に揺れている。  ──少し前を歩く大きな背中が歩みを止めた。こちらに振り返り、優しく微笑んだ。夫と総司さんを重ねることなどしないけれど、今は、今日だけは、優しい顔をされるとほろりと涙がこぼれてしまいそうになる。  霞んで映るその顔に、できる限りの笑顔を返した。 完
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