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幻の食材と言われる黄色い人参『クルム・カロータ』を握りしめ、小獣族のメロディは小さな身体をプルプルと震わせながら、長い獣耳をしゅんと垂らした。
ルビーのような赤い瞳。美しい毛並みの獣耳と丸い尻尾は、混じりっけのない白。彼女は見まごうことなき、小獣族の姫である。しかしその服装は、シェフコートにシェフ帽と、完全に料理人のそれだ。メロディは眉尻を下げる。
(逃げる人参を見つけて、追いかけてきただけだったのに。いきなり網をかけられて……)
幻の食材で釣るなどと、まるでメロディのことをよく知っていたかのような手口だが……。
目の前にいるのは知らない男。この男に、今しがたベッドに乗せられたところだ。
切長な金茶色の瞳に、金色の髪と獣耳、先だけがふさふさとした長い尻尾。部屋着なのか、シルクの上着をゆったりと着ている。メロディは涙を滲ませながら、整った顔立ちのその男を見つめた。
「な、なぜ、私を連れ去ったのですか。ここはどこ? あなたは一体誰?」
メロディに問いかけられ、男は一瞬悲しそうな顔をした。
「覚えていないか……」
「えっ?」
「おまえは小獣族のメロディ姫だな」
「ど、どうしてそれを」
「調べはついている。ここまで来たからには覚悟を決めろ」
「覚悟……?」
男がじりじりとにじり寄ってくれば、ベッドがぎしりと軋んだ。
「俺はガウル、獅子族の王だ。ここは獅子王城。この部屋は俺の寝室だな」
「獅子族!? 絶滅したはずじゃ」
「どこからそんな話が出た? 現状、絶滅する気配などないぞ」
「そんな……」
「わかったら諦めろ」
同じ獣人族であっても、彼とメロディでは身体の大きさから違う。大柄なこの男……ガウルと小柄なメロディでは、まるで大人と子供だ。当然、今メロディが乗せられているガウルのものであろうベッドも、信じられないほどに大きい。尤も、この広さは彼が王だからかもしれないが。
メロディは尻で後退しながら、おずおずと彼に問いかける。
「あ、あの、ガウル……様? あなたは一体、私をどうするおつもりでしょうか」
「喰うに決まっているだろう」
「!!」
強い警戒心に支配され、メロディの獣耳がピンと立った。彼の口元の鋭い牙に気づき、顔面蒼白で震え上がる。メロディの脳裏に、幼い頃から言い聞かされた母の台詞が蘇った。
――獅子族に捕まるから、ググルの森から出てはいけないよ――
獅子族は小獣族の唯一の天敵。それはしつこいほどに繰り返し刷り込まれた、決まり文句だった。
(森を飛び出して早三年。お母様の言うことなんて、私を森に留める為の嘘だと思っていたのに……本当だったなんて。獅子族に頭から喰われてしまうわ!!)
メロディは真っ青になりながら、手の汗を握りしめた。
(どうしてこんなことに!?)
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