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当時、メロディは13歳。森での生活は姫であろうと質素な天幕暮らしであったが、そのままの格好で出てきてしまった。機能性だけを重視し、安い生地を腰で締めただけのくたびれた衣服、隠し切れない長く真っ白な獣耳。幼い小獣族は王都で悪目立ちし、右往左往するばかり。そんなメロディに、声をかけて来た者がいた。
「どうした。迷子になったか」
キリッとした青い瞳の目元と褐色の肌が魅力的な、見目麗しい人族の少年だった。どうやら歳の頃はメロディとそう変わらない。深々とハンチング帽を被っており、少しだけ見える髪は金髪だ。美しい顔立ちをしており、メロディは一瞬彼に見惚れたが、今はそれどころではない。天の助けとばかり彼に詰め寄る。
「三ツ星レストランに行きたいの!」
少年はメロディの身なりをまじまじと見た後、眉を寄せる。
「金はあるのか?」
「そ、それは……」
「仕方ないな。ついて来い」
少年について行ったメロディは、少しの後高級レストランの席に座っていた。もちろん、メロディの分も含めて、少年が前払いで支払いを済ませてくれた。緊張してガチガチになっているメロディとは違い、余裕の表情だ。
「おまえ、小獣族だろう。森から出ていいのか?」
「ダメだけど、抜け出してきちゃった」
「そうか。俺も抜け出してきたんだ。城にこもっているのも退屈だからな!」
「お城に住んでいるの? すごいわ、人族の王家の人なのね!」
「ああ、いや、俺は……」
「私もお城に住んでみたい。森の天幕暮らしって大変なのよ」
興奮して身を乗り出すメロディの前に、シェフが肉料理の皿を置いた。小難しい料理名とその内容を説明されたメロディは、一言一句聞き逃すまいとするように獣耳をぴんと立てて聞いていた。シェフが去った後、慣れない手つきでナイフとフォークを握り、肉を切り分ける。何とか口に運んだ瞬間、メロディの赤い瞳がキラキラと輝いた。
「なんて素晴らしいの……!」
メロディの顔がパッと明るく晴れていくのを、少年がまじまじと見つめている。メロディはそんな少年の様子など全く気にすることなく、難しい顔をしてぶつぶつとつぶやき始めた。
「完璧だわ。肉の味を最高に引き立ててる……! スパイスが効いてるわね。ピペルの実の粉末と、香辛料……パセルスかしら。サルトをよくもみ込んで……」
「はははは! 面白い女だな。森の奥に住む料理人か」
「そうよ。私は一流の料理人になるの。今日はそのために出てきたのよ!」
希望と情熱に満ち溢れたメロディの顔を目の当たりにした少年は、ごくりと喉を鳴らす。
「おまえ、……旨そうだ」
「そうでしょう? 私、料理が上手いのよ! これからもっと上手くなるの」
「それは楽しみだな」
それから料理が来るたび、メロディは料理について熱心に語った。楽しそうに話を聞いては肯定してくれる少年の態度は、メロディの心を気持ちよく弾ませた。すっかり満足してレストランを出ると、メロディは満面の笑顔を少年に向ける。
「今日はありがとう! あなたとずっと王都にいたいけど……帰らなくちゃ」
「ああ、俺もだ。残念だな」
「今日、一流を味わって実感したの。私はまだまだだって。王都の料理人に比べたら、全くのひよっこだわ」
メロディは苦笑いを浮かべた。少年はくるくる表情を変えるメロディを、切れ長の目を若干細めて見ている。
「これから頑張ればいい。おまえなら一流になれるさ!」
「もちろんよ! お別れの前に、何かお礼がしたいけど……」
「礼か」
突然両手でガシッと肩を掴まれて、メロディは面食らった。
「ならば喰わせてほしい。味見だけでもいい!」
少年はなぜか頬を染め、必死な顔でメロディを見つめている。
(何? すごく顔が近いわ。そんなに私の料理を食べたいの? 自分の料理の腕を持ち上げすぎちゃったかしら)
「ちょっと待って、まだダメよ。私はひよっこだもの」
「ひよっこだから駄目なのか? いつまで待てばいい」
「近い将来、料理人メロディの名前が国中に知れ渡るわ。あなたの耳にも入った頃、今日のお礼として、いくらでも食べさせてあげる」
「わかった、約束だぞ。必ず守れよ!」
少年が端正な顔で嬉しそうに微笑めば、メロディはまた見惚れる。彼と話すのはとても楽しかったし、もっと話したかった。もっと一緒にいたいと思った。だがそうはいかない。二人は固く握手を交わして別れた。
それきりあの少年には会っていない。今や顔もうろ覚えになってしまったが、忘れられない大切な記憶だ。
(それにしても、初恋の人が人族なんてね。名前を聞きそびれたこと、悔やんでも悔やみきれないわ)
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