セーブポイント・モラトリアム

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 セーブポイントが実在する。いつだったか、SNS上でそんな噂を目にした。  もちろん俺もいい大人なので、そんな幼稚な与太話を鵜呑みにすることはなかった。ただ、RPG(ロールプレイングゲーム)にのめり込んでいた少年時代を思い出して、むず痒い懐かしさのようなものが胸に込み上げたことを覚えている。  セーブポイント。旅の記録を司る、ゲーム世界特有のオブジェクトであり、やり直しの象徴。まさか自分が、そんな非現実的なものと遭遇することになるなんて、思ってもいなかった。  その夜、俺は静まりかえった住宅街を一人さまよっていた。足取りが重い。まるで身体が暗闇の一部にでもなったかのようだ。最近、幸せと絶望の区別も難しくなってきた。俺の様子がおかしいことに、妻もうすうすは感づいているように見える。その理由を、俺は未だに打ち明けることができていない。  しばらくの間そぞろ歩き、馴染みの運動公園へとたどり着く。どこか静謐な雰囲気が漂うグラウンドの中心に、そいつはあった。  宙に浮く、六角柱のクリスタル。間違いない、と思った。姿形は数あれど、あの燦然とした青い輝きは、セーブポイントの光そのものだ。  引き寄せられるようにクリスタルの前に立つ。それは、俺の背丈を越えるほどの大きさがあった。ゆっくりと上下に揺れながら宙に浮いている。表面に触れるとキラリ、と光が弾けるような音がした。それ以外は何も起きない。これがもしゲームなら、ステータス画面を開いてセーブの項目を選択すればいいのだが……。 「チュートリアルが必要ですか?」 「なっ……」  セーブポイントが言って、俺は絶句した。ひゅう、と短く息を吸い、なんとか口をひらく。 「まさか、会話ができるとは……」 「驚かせてしまったようで、申し訳ございません。お困りのように見えましたので」 「君は、本物のセーブポイントか?」 「左様でございます。よろしければ早速、セーブ方法をご説明します。スマートフォンをお持ちですか?」 「スマホ? そりゃ、持っているが」  俺はポケットからスマホを取り出し、セーブポイントを一瞥する。 「まずは、Wi-Fi設定をお願いします」  セーブポイントが言った。  言われうがままに設定画面を開くと、SAVEPOINTというネットワークが検出されていた。なんともまあ、これは……。 「……意外と近代的だな。ファンタジーっぽくない」 「おそれいります。時代の流れに適応した結果です。なにせ我々セーブポイントは、いまや過去の遺物へとなりつつありますから」  確かに、昨今のゲームではオートセーブなるものが主流となっているらしい。彼ら(?)も、生き残りのため努力をしているということだろうか。  半信半疑のまま、スマホをタップする。Wi-Fi接続が完了すると、自動でブラウザアプリが起動した。画面には、ドットで描写されたレトロなメッセージウインドウが表示された。 《セーブしますか?》  はい  いいえ
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