となりの真白くん

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 こうして始まった、一年二組百人一首大会だが……これはこれは、担任の想像も超える大盛況となった。 「あしびきの 山鳥の尾」  パシンッ  上の句の途中で響く、机をたたく音。その主は真白である。 「ちょっと、古闇くん速すぎ!」 「取ったもん勝ちだ」 「なにー?よーし、アイツには負けられねーぞ」 「持ってる知識をフル活用するんだ」  なぜか異様なやる気を出す男子陣。 「かささぎの 渡せる橋に 置く霜の しろきを見れば 夜ぞ更けにける」  パシッ! 「よし、取った!」 「俺も取った!」 「古闇の班は誰が取った?」 「え、オレだけど」 「「なんだよ~」」 「白露に 風の吹きしく 秋の野は」  パシッ! 「やったー!真白より先に取ったぜ」 「よく知ってたね、その歌」 「まあね。昔なんかで見たことがあって」  真白の班の一人が、彼から札を奪取した。その事実が、クラスを沸かす。 「おー、田中、よくやった!」 「よし、僕らも続くぞー」 「おおー」   「夏の夜は まだ宵ながら 明け」  パシン。 「うわー、やっぱ真白速いよー」 「実はこれ、職場の先輩が好きな歌なんだ」 「……職場?」  うっかり口を滑らせた真白は、慌てて訂正する。 「あっ、いや、間違えた。知人の先輩が」  そんなこんなで大盛り上がりを見せる一年二組、だが……ある歌のところだけ、雰囲気が一変した。  担任が、その歌を読み始めた、その瞬間——。 「はるす」  パシンッ!  また真白だ。彼の目は、眩しいくらいにまっすぐに、その札だけを見ていた。  クラスはどよめく。 「待って待って!真白くん、今のは速すぎだよ!」 「実は、これ、一番好きな札なんだ」 「そ、そうなの?」 「春過ぎて 夏来にけらし 白妙の 衣干すてふ 天の香具山」  春が終わる頃、奈良の香具山のふもとに、真っ白な布を干しているのが見えた。それは、夏用の薄手の衣を出して、これからの夏に向けて準備をしていたのだ——という、初夏の到来を趣深くとらえた歌。 「なんかさ、春って花のイメージでピンクっぽい感じだろ。夏は新緑で緑のイメージ。それに「白」という色が加わることで、なんだか対比が綺麗な感じがするんだけど……そんなこと、ないかな?」  真白が微笑みながら言うと、クラスのみんなは呆気にとられたような顔をした。  しばらくの沈黙。真白は一人焦る。 「えっ、オレなんか場違いなこと言った……?」 「いや、言ってないよ」  きっぱりと言ったのは、隣の席のクラスメイトだった。 「なんか、真白くん、すごいなって思って。和歌の意味を深く読み込んだうえで、自分の感受性も大切にしているっていうか。すごいよ、うん、すごい」 「……ほんと?」 「うん!」  真白が少し照れたような顔をしたところで、担任の声が響いた。 「よしじゃあ、続き行くぞー」  また、クラスの空気が変わる——。 *  やっと、百首すべての歌が読まれ、一年二組の百人一首大会は幕を閉じた。  取った枚数ランキングは、真白が二位に大きく差をつけてトップを走っている。 「真白、何枚とったの?」 「八十四枚」 「いや、強すぎだろ」 「俺、一枚!」 「それは雑魚すぎ」 「おい!今こいつ雑魚って言ったぞー」 「やっちまえー」  大会が終わったとも、クラスは、てんやわんやの大騒ぎ。  入学してから二週間、漂い続けていた緊張の空気が、やっと消え去った感じだった。  さあ、次の時間はドッジボール大会だ。 「真白ー、ドッジだったらぜってー負けねーからな!」 「望むところだ、かかってこい!」  一年二組の面々は、さわやかな顔つきで校庭へと飛び出す。 「じゃあー、ドッジボール始めるぞー」  担任のホイッスルが、高らかに鳴った。  これから、このクラスで、この仲間たちと過ごしていく。  きっと、楽しいことも、面白いこともあって、ときにはぶつかり合う時もあるのだろう。  ——それでも。  この仲間たちと過ごすのが、楽しみだ。  すぐに過ぎ去ってしまうであろう一年に思いをはせ、少しの希望を抱き始めた、ある春の一日のことだった。
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