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やわらかな日差しが校庭に降り注ぐ。薄い雲が空のところどころに浮かんでいる、四月の朝。とある町の中心部に位置する中学では、多くの教室で朝の会が始まろうとしていた。ここ、一年二組もまた、その一つ。
「起立!」
やけに元気な号令係の声が、教室中に響き渡る。クラスの皆がガタガタと椅子を鳴らしながら立った。
「気を付け、礼」
「「おはよーございまーす」」
中学に入学してから二週間。朝の挨拶一つをとっても、まだ緊張が解れていない様子がうかがえる。……が、ほとんどの生徒が肩の力を抜けていない中、一人だけ自然体でいる生徒がいた。いや、自然体というか、他に無関心すぎて緊張もなにもない、といった感じだろうか。
そんな彼の名前は古闇真白(こやみ ましろ)。グレーがかった髪色の、無表情な男子。その深い青色の目は、窓の外の景色に向けられている。
「じゃあ、今日の連絡するぞー」
朝の会は順調に進み、「先生のお話」の時間になった。一年二組の担任教師が話し始めるが、真白は外を向いたままだ。彼の目には、学校の向かいの林の木々が映っていた。ぴよぴよと、窓越しにヒヨドリの声が聞こえる。木々には、鳥たちがたくさん集まっていた。
春の訪れを感じさせる自然の音に耳を澄ます彼には、もちろん担任の話なんて聞こえていなかった……はずなのだが、彼の耳は無意識にこのワードを拾った。——「百人一首」。
「今日は、授業は全部なしだ。クラスの親睦を深めるためにレクをやることになっている。まず一時間目と二時間目で百人一首大会な。で、三時間目と四時間目でドッジボール大会」
担任がそう言った瞬間、真白の目が教卓に向いた。
「百人一首……」
思わず真白がつぶやくと、その小さな声は不本意ながら教室に響き渡ってしまったようだ。
「なんだ、古闇。百人一首、もしかして詳しいのか?」
担任が真白に聞く。それにつられてクラスの面々も彼を見た。
「え、ああ、まあ」
あいまいな返事をすると、担任は「そうか」と頷いた。
「百人一首、知らない人の方が多いだろうから、もしよかったら色々教えてあげてな」
「は、はあ」
真白はまた、あいまいな返事をしてしまう。……が、彼の目は、先程までのぼんやりとしたものではなくなっていた。
「百人一首、か」
真白はまた、今度は誰にも聞こえない声で……でも、嬉しそうに呟いたのだった。
*
朝の会が終わり、五分間の休み時間ののち——一年二組での百人一首大会が幕を開けた。
「えー、あたし百人一首とかわからないよー」
「僕は少し知ってるかも」
「『ちはやぶる』とかのやつだよね」
「うわー、一個しか知らない」
緑色の背の札を机の上に並べながら、クラスメイトは口々にそう言った。が、担任はガハハと笑うだけ。
「まあまあ、ルールは簡単だから。六人組を作ってもらって、そのなかで勝負な。先生が上の句と呼ばれる、和歌の最初の五七五を読む。そのあと、続けて七七の部分を読むわけだが、取り札に書いてあるのは、この七七の部分だ。だから、まあ和歌をきちんと聞いて、ここにあるひらがなの羅列たちから、その札を探すんだよ。ちょっと難しいかるたみたいな感じだよ」
「えー、全然簡単じゃないじゃん!」
ある女子が言うと、そーだそーだと皆が口をそろえた。少しクラスに一体感が感じられた……が、その雰囲気をぶち壊す者が一人。
「大丈夫。簡単だから……まあ、オレには勝てないと思うけど」
古闇真白である。彼の口元には、小さく笑みが浮かんでいた。
「え、ちょっと、古闇くん」
真白の目の前の席の男子が、眉をひそめた。
「オレには勝てないって……?」
「そのままの意味だよ。オレは百人一首全部覚えてるもん。お前らには負けない。てか、無双する」
「えー、覚えてるの?それずるいー」
隣の席の女子が、顔をしかめる。それと同時に、クラスの中心になりつつある、お調子者の男子が声を張り上げた。
「よし、みんな!古闇くんに勝つぞ!無双なんかさせるもんか!」
『オーー!』
というわけで、なんだかわからないが、レクが始まる前からクラスにまとまりが生まれてきた……構図は、真白対それ以外の全員、のようだが。
担任教師はそんなクラスの様子を見て、頷いた。今日の学年レクの目的を、すでに一年二組は果たせているようだ。
「じゃあ、いくぞー。まずは序歌っていう、かるたには無い歌を読んでから、次の札に行くからなー。皆準備しろよー」
『はーい』
担任が、歌を読み始めた。
「難波津に 咲くやこの花 冬ごもり 今をはるべと 咲くやこの花」
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